【New!トップページ新着コメント欄追加】 学び・つながる観光産業メディア

尾根の上で、千年分の風が抜ける —多摩よこやまの道、冬のみちくさ—みちくさFeelog #14

コメント

2026年1月12日

9時50分、京王相模原線の若葉台駅に集合した。
真冬のはずなのに、空は高く、風は穏やか。
今日は「がんばって歩く日」ではなく、東京の住宅街にいちばん近い“みちくさ”を拾いにいく日だ。

尾根の上から、東京のパノラマがひらけていく

スタートは、よこやまの道の東端にあたる「丘の上公園」。
一歩尾根に乗ると、視界がすっと抜ける。
奥には大岳山、さらに雲取山の稜線。
場所とタイミングが合えば、富士山や丹沢の大山、そして遠く南アルプスの白い山脈が、ほんの一瞬、ちらりと顔を出す。

「ここ、ほんとに東京?」

そんな言葉が、自然に口をついて出る。東京の西側に連なる山々のパノラマは、ここが都会のすぐ隣であることを忘れさせてくれる。

防人の道は、かつての幹線道路だった

「よこやまの道」は、多摩丘陵の尾根筋に沿って整備された遊歩道だ。
古くは『万葉集』にも詠われ、防人(さきもり)たちが故郷を振り返りながら行き来したとされる古道である。

赤駒を 山野に放ち 捕りかにて 多摩の横山 徒歩ゆか(わ)すも
——(万葉集 巻20-4417)

かつての旅人が、愛馬を放してまで歩まねばならなかった険しくも美しい稜線。
興味深いのは、この一帯には一本の道だけでなく、複数の古道が並走するように残っていることだ。これは、当時ここが「静かな山道」ではなく、鎌倉街道の上道・中道・下道をつなぐ非常に交通量の多い幹線道路的な場所だった名残とも考えられている。

東国がしだいに日本史の主役へと浮かび上がっていく時代。
よこやまの尾根は、その大きな流れが交差する“交差点”のような場所だったのかもしれない。

ニュータウンと古道が、同じ風景に重なる

この道のおもしろさは、時代のレイヤー(層)が同時に見えてくるところにある。

足下には千年前から続く土の感触。
視線を上げれば、機能的に整えられたニュータウンの街並み。
KDDI多摩センター付近では、宇宙との交信を感じさせる7基もの巨大なパラボラアンテナが空を仰いでいる。
さらにその先には、巨大なガスタンクや清掃工場の高い煙突がそびえ、そのすぐ脇には、どこか懐かしい田園風景がモザイク状に残っている。

「新しい」と「古い」は対立するのではなく、ここでは一つの風景として溶け合っている。全部が同時に、ここにある。それが「よこやまの道」らしい寛容さなのだ。

冬だからこそ、見えたもの・聞こえたもの

葉を落とした雑木林沿いの道では、小鳥たちの姿がとても見つけやすかった。
シジュウカラ、ヤマガラ、メジロ、コゲラ。
林や公園の縁では、ツグミ、アオジ、ジョウビタキといった冬鳥たちも、あちこちで羽を休めている。

足元では、冬枯れの森に響く「ザクザク」という落ち葉を踏む音が心地よく響く。
視線は遠くの山へ、耳は小鳥の声へ、足裏は落ち葉の感触へ。
感覚が忙しい。でも、不思議と疲れない。
本当に飽きが来ない道だと、歩きながら何度も思った。

そして、枝越しに見える冬の植生からは、春の姿も容易に想像できた。
ヤマザクラの蕾、大きな葉を広げる準備をするホウノキ、そして芽吹きの季節に萌黄色を一気に広げるであろうコナラの多さ。
冬に歩いたからこそ、「次は春に来たい」という気持ちが、自然と膨らんでいく。

どこからでも、歩き始められるし、終われる

この日も真冬とは思えない陽気で、道は多くのハイカーでにぎわっていた。
よこやまの道が支持されている理由のひとつは、どこからでもスタートできて、どこで終わることもできるアクセスの良さにある。

駅が近く、住宅地にすぐ下りられる。「今日はここまで」と、無理なく切り上げられる自由さがあるからこそ、また別の日に、続きを歩きたくなる。

今回は西へ西へと進み、時間の関係で「唐木田口」で区切りをつけた。
解散は唐木田駅。
気がつけば、しっかり歩いているのに、どこか“散歩の延長”のような心地よい余韻が残っていた。

住宅街にいちばん近い、みちくさ

特別な装備も、強い覚悟もいらない。
それでいて、空がひらけ、山が見え、歴史と自然と暮らしが、同時に立ち上がってくる。

多摩の住宅街に、いちばん近いみちくさコース。
よこやまの道は、そんな言葉が、いちばんしっくりくる尾根道だった。

/
/

会員登録をして記事にコメントをしてみましょう

おすすめ記事

/
/
/
/