2026年1月12日
9時50分、京王相模原線の若葉台駅に集合しました。
真冬のはずですが、空は高く、風は穏やかでした。
今日は「がんばって歩く日」ではなく、東京の住宅街にいちばん近い“みちくさ”を拾いにいく日です。
尾根の上から、東京のパノラマがひらけていく
スタートは、よこやまの道の東端にあたる「丘の上公園」です。
一歩尾根に乗ると、視界がすっと抜けます。
奥には大岳山、さらに雲取山の稜線が見えます。
場所とタイミングが合えば、富士山や丹沢の大山、そして遠く南アルプスの白い山脈が、ほんの一瞬、ちらりと顔を出します。
「ここ、ほんとに東京ですか?」
そんな言葉が、自然に口をついて出ます。
東京の西側に連なる山々のパノラマは、ここが都会のすぐ隣であることを忘れさせてくれます。

防人の道は、かつての幹線道路だった
「よこやまの道」は、多摩丘陵の尾根筋に沿って整備された遊歩道です。
古くは『万葉集』にも詠われ、防人(さきもり)たちが故郷を振り返りながら行き来したとされる古道です。
赤駒を 山野に放ち 捕りかにて 多摩の横山 徒歩ゆか(わ)すも
——(万葉集 巻20-4417)
かつての旅人は、愛馬を放してまで歩まねばならない、険しくも美しい稜線を越えてきました。
興味深いのは、この一帯には一本の道だけでなく、複数の古道が並走するように残っていることです。
これは、当時ここが「静かな山道」ではなく、鎌倉街道の上道・中道・下道をつなぐ、非常に交通量の多い幹線道路的な場所だった名残とも考えられています。
東国がしだいに日本史の主役へと浮かび上がっていく時代です。
よこやまの尾根は、その大きな流れが交差する「交差点」のような場所だったのかもしれません。

ニュータウンと古道が、同じ風景に重なる
この道のおもしろさは、時代のレイヤー(層)が同時に見えてくるところにあります。
足下には、千年前から続く土の感触があります。
視線を上げれば、機能的に整えられたニュータウンの街並みが広がります。
KDDI多摩センター付近では、宇宙との交信を感じさせる7基もの巨大なパラボラアンテナが空を仰いでいます。
さらにその先には、巨大なガスタンクや清掃工場の高い煙突がそびえ、そのすぐ脇には、どこか懐かしい田園風景がモザイク状に残っています。
「新しい」と「古い」は対立するものではありません。
ここでは、一つの風景として溶け合っています。
全部が同時に、ここにあります。
それが「よこやまの道」らしい寛容さです。

冬だからこそ、見えたもの・聞こえたもの
葉を落とした雑木林沿いの道では、小鳥たちの姿がとても見つけやすかったです。
シジュウカラ、ヤマガラ、メジロ、コゲラ。
林や公園の縁では、ツグミ、アオジ、ジョウビタキといった冬鳥たちも、あちこちで羽を休めていました。
足元では、冬枯れの森に響く「ザクザク」という落ち葉を踏む音が心地よく響きます。
視線は遠くの山へ、耳は小鳥の声へ、足裏は落ち葉の感触へと向かいます。
感覚は忙しいですが、不思議と疲れません。
本当に飽きが来ない道だと、歩きながら何度も思いました。
そして、枝越しに見える冬の植生からは、春の姿も容易に想像できました。
ヤマザクラの蕾、大きな葉を広げる準備をするホウノキ、そして芽吹きの季節に萌黄色を一気に広げるであろうコナラの多さです。
冬に歩いたからこそ、「次は春に来たい」という気持ちが、自然と膨らんでいきます。

どこからでも、歩き始められるし、終われる
この日も真冬とは思えない陽気で、道は多くのハイカーでにぎわっていました。
よこやまの道が支持されている理由のひとつは、どこからでもスタートできて、どこで終わることもできるアクセスの良さにあります。
駅が近く、住宅地にすぐ下りられます。
「今日はここまで」と、無理なく切り上げられる自由さがあるからこそ、また別の日に、続きを歩きたくなります。
今回は西へ西へと進み、時間の関係で「唐木田口」で区切りをつけました。
解散は唐木田駅です。
気がつけば、しっかり歩いているのに、どこか「散歩の延長」のような心地よい余韻が残っていました。

住宅街にいちばん近い、みちくさ
特別な装備も、強い覚悟もいりません。
それでいて、空がひらけ、山が見え、歴史と自然と暮らしが、同時に立ち上がってきます。
多摩の住宅街に、いちばん近いみちくさコースです。
よこやまの道は、そんな言葉がいちばんしっくりくる尾根道でした。
