本線を名乗る石炭産業の出入口
筑豊本線は、北九州市の若松駅から筑紫野市の原田駅までを結ぶ鉄道路線。かつては、筑豊炭田で産出された石炭輸送を中心に多くの支線を有する大動脈であった。しかし、炭坑の閉山によって、現在は運転系統が変化している。
直方市や飯塚市と博多や北九州との経済圏の変化によって、電化された「福北ゆたか線」と桂川駅以南の「原田線」、折尾駅と若松駅を結ぶ「若松線」と分けて名前をつけている。1894年に筑豊興行鉄道が敷設し、1907年に国有化された。
この若松線は非電化、2016年10月に架線式蓄電池電車が投入された。往時の繁栄の姿は全線複線であること。しかし、終着駅の若松駅は門司港駅のような荘厳さはない。かつての貨物操車場は、既に公園化され石碑が残るのみである。

赤い橋梁は、象徴的に
1963年、旧若松市は小倉・八幡・門司・戸畑市と合併し北九州市となる。洞海湾と響灘に囲まれた若松半島、東部は古墳が散在する歴史が古い地域だ。一方、臨海部は工場が立地する埋立地で北九州工業地帯を構成している。
そして、旧若松市の象徴は、戸畑区と若松区を結ぶ全長2,068mの赤い橋梁・若戸大橋と言える。1962年9月に竣工、当初は有料道路であった。国の重要文化財に指定され、当時は「東洋一の夢の吊橋」と呼ばれた。また、併設されていた歩道は、渋滞緩和のため1987年5月に廃止され、自動車専用橋梁となっている。
2018年12月に無料化された。
今も残る建造物群
さて、この若松地区の中心部・若松駅周辺は、ここから若戸大橋までの海岸通り(若松バンド)まで、大正期を中心とした古い建造物群が残っている。かつての石炭産業の歴史を物語るものばかりだ。現在は、内部を改装し店舗として新たに生まれ変わったものや歴史記念館として当時の繁栄を展示する施設もある。

一方、合併市である北九州市は、昨今、夜景観光都市として注目を集めている。夜景イルミネーションを俯瞰する皿倉山や高塔山などや明治近代遺産の工業地帯の建造物のライトアップが有名だ。特に若戸大橋のライトアップは、その赤い色が遠くからも判別できるため、人気の観光コンテンツの一つとなっている。
広域連携による学びの場に
筑豊地区の石炭産業の歴史は、遠賀川を中心とした河川舟運や鉄道輸送によって反映してきた。しかし、鉄道路線の出入口である若松地区について、先人たちが作り上げてきた歴史や文化を語ることが少なかった。北九州工業地帯の原点は、筑豊の炭坑が礎である。それ故、歩いて学ぶことに軸足を移し、北九州市全域での展開が望まれる。
そして、門司港や下関市、筑豊の市町村との連携によって、大きな面での一体化が進めば、石炭による広域観光コンテンツによる地域振興が進み、更なる飛躍が望める好立地となることであろう。
(つづく)


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取材・撮影 中村 修(なかむら・おさむ) ㈱ツーリンクス 取締役事業本部長