東京湾を望む竹芝のウォーターフロント。 1月17日、この場所にあるイタリアンレストラン「サルーテ竹芝」にて、愛媛県伊方町の関係者が集う「関東伊方ふるさと会 総会・交流会」が開催されました。
私たち東京山側DMCもこの場に参加させていただきました。そこで触れたのは、遠く離れた故郷を想う人々の温かさと、人口減少という静かなる危機に向き合いながら、新たな「つながり」を模索する自治体の誠実な姿でした。
今回は、美食と共に語られた交流の様子と、合併20周年を迎えた伊方町が描く地方創生の現在地についてレポートします。
佐田岬の記憶を呼び覚ます、都心の午後
正午、会の幕が開くと、会場となったサルーテ竹芝は、関東在住の出身者や伊方町にゆかりのある約70名の参加者で埋め尽くされました。

窓の外に広がる東京の海は、伊方町が面する瀬戸内海や宇和海の景色とは異なりますが、どこか通じる磯の香りを運んでくるようです。 関東伊方ふるさと会の二宮会長、そして伊方町長からの挨拶に続き、来賓の祝辞が述べられると、会場は厳かな中にも和やかな空気に包まれました。
伊方町は、四国の最西端、佐田岬半島に位置する町です。半島の稜線に風車が林立する独特の景観を持ち、「風のまち」としても知られています。この日、東京に集った人々は、それぞれの記憶の中にある「風」や「海」を懐かしんでいるように見えました。
伊方町:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%96%B9%E7%94%BA
故郷の「食」が繋ぐ、会話の糸口
14時までの2時間、参加者の心を解きほぐしたのは、やはり故郷の味でした。 ビュッフェ形式で振る舞われた料理の数々は、伊方町の豊かな風土を雄弁に物語ります。

特筆すべきは、伊方町のソウルフードとして愛される「じゃこカツ」です。 近海で獲れた新鮮な魚(じゃこ)をすり身にし、野菜と混ぜ合わせて揚げたこの一品。サクサクとした衣の歯ごたえと、口の中に広がる魚の滋味深い味わいは、洗練されたレストランの料理とはまた違う、実直な美味しさを伝えてくれました。
また、今回は伊方町の自然が育んだ「ジビエ料理」も提供されました。海の幸だけでなく、山の恵みもまた、この町の多様性を象徴しています。美味しい食事を囲むことで、初対面同士の間にも自然と会話の花が咲き、会場全体が温かな一体感に包まれていきました。
「オール伊方」で挑む、人口減少と関係人口の創出
会の中盤では、伊方町のPR動画の上映や、町にゆかりのある事業者によるプレゼンテーション、そして特産品が当たる「ほぼハズレなし」の抽選会が行われました。 しかし、この華やかな交流の背景には、伊方町が直面する切実な課題があります。
伊方町は平成17年(2005年)に旧伊方町、瀬戸町、三崎町が合併して現在の姿となりました。それから約20年。 当時約1万2000人いた人口は、この20年間で半数近く(推計約7000人弱)まで減少しています。これは決して伊方町だけの問題ではなく、日本の多くの地方が直面している現実です。
その中で、今回の「関東伊方ふるさと会」が持つ意味は、単なる同窓会に留まりません。 町が掲げるのは「オール伊方」というスローガンです。
- 出身者や関係者の「見える化」
- 首都圏の活力を伊方町に取り込む
- 「ふるさと会」を窓口とした連携・交流
これらは、移住や定住だけでなく、遠くに住みながらも地域と関わり続ける「関係人口」を増やそうという、現実的かつ前向きな戦略です。伊方町では、関東でのイベント開催を通じて、観光PRや特産品販売だけでなく、都市部の人々の視点を取り入れた地域づくりを進めています。
抽選会でお土産として手渡された特産品の詰め合わせには、「離れていても、町の産品を愛してほしい」というメッセージが込められているように感じられました。
結びに:地域創生の新たな潮流の中で
「地域創生」という言葉が叫ばれて久しいですが、その本質は、派手なイベントや一時的な観光ブームにあるのではなく、こうした地道な人の繋がりの中にあるのではないでしょうか。
伊方町は今、減少する人口を嘆くだけでなく、都市部に住む「応援団」との連携を深めることで、持続可能なまちづくりを目指しています。 故郷に帰るという選択肢(Uターン)も、都市に住みながら関わるという選択肢も、どちらも尊重しながら繋がりを維持する。そんな柔軟な姿勢が、これからの地方自治体には求められています。
私たち東京山側DMCも、風土再生、観光まちづくりという文脈を通じて、伊方町のような地域の魅力を丁寧に発信し続けていきたいと思います。
記事を読んでくださった皆様、次はぜひ、東京のレストランではなく、風車が回る佐田岬の地で、本場の風を感じてみてはいかがでしょうか。
寄稿者:東京山側DMC 地域創生マチヅクリ事業部