アドボカシー
昨秋、筆者は米国を訪れ、委員を務める米国観光地経営団体の会議に出席した。場所はカリフォルニア州の州都であるサクラメントである。ゴールドラッシュのころに州都が置かれ、そののちに同地から大陸横断鉄道が東に延びていった。ちなみにゴールドラッシュで一番もうかったのは金を堀りあてた連中ではなく、作業労働者の履くワークウエアであったジーンズを作っていたリーバイスだったという話も聞いた。さらに横道にそれると、こうした歴史もあってカリフォルニアではジーンズといえばリーバイスだが、放牧・畜産が盛んであった南西部テキサスではカウボーイの意匠が盛り込まれたラングラーだそうだ。

日本に帰国してから年の瀬にかけても、隔週で開催される委員会(オンライン会議)で全米各地のDMOなどディスティネーション・オーガニゼーション*1 の幹部たちといろいろなやり取りをした。筆者はこの数年連続して会議に参加し、委員も2年務めているが、自身の理解が深まっていることもあって、中身がより深化していると感じた。今回はそうした米国の今をお伝えしたい。
取り上げるのは会議のお題でもあったアドボカシー(Advocacy)である。AIに聞いてみると「アドボカシーは直訳では『擁護』『代弁』『支持』という意味だが、もともとは法廷で弁護士が依頼人を『擁護』することから始まった言葉で、現在では『社会的に弱い立場にある人々の権利を守り、声なき声に代わって主張すること、または政策提言を行うこと』という意味で広く使われている。米国の観光地経営でどのように使われているかというと、「観光」という活動がいかに地域社会に不可欠であるか、観光の価値を説き、地域住民や政治家、地元企業などのステークホルダーから支持を得るための啓発・擁護・提言活動となる。
わが国においては国(観光庁)の主導のもと、各自治体の商工観光部門から往々にして下部組織的位置づけであった観光協会などを強化し観光地経営を委ねる組織として昇華・自走してもらうべく、(国・観光庁が)条件を満たしたと判断した組織を登録する制度を設け、全国各地でDMOが立ち上がってきた。一方で米国のディスティネーション・オーガニゼーションは民間主導で立ち上がり、すでに130年の歴史*2 をもつが、彼らのこれまでも、これからも、このアドボカシー活動無くしては観光地経営の発展がないと断言してもよい。わが国においては耳慣れない言葉であり、読者の皆さんにとってピンとこないかもしれない。しかしながら、この先においてわが国のDMOが地域社会や住民、行政、さまざまなステークホルダーとどのように向き合っていけばよいか参考になればと思い、筆を進めていく。彼らが発する内容は深く、新鮮でもある。
*1 なお日本においては観光地域経営組織をDMOと称しているが、米国においてDMOは観光地経営組織の一つであり、文中では読者が認識しやすいようにDMOの表現もするが、ここではディスティネーション・オーガニゼーションとして記載する。ディスティネーションオーガニゼーションはデスティネーション・マーケティング・オーガニゼーション(DMO)、デスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション(同じくDMO)、コンベンション&ビジターズ・ビューロー(CVB)、観光局、スポーツコミッション、映画やメディア作品をディスティネーションに誘致するオフィスなどを指す。
*2 1896年2月19日、デトロイトで設立されたデトロイト・コンベンション・アンド・ビジネスマン・リーグが全米初のディスティネーション・オーガニゼーションとされている。当時全米各地から人が集まる見本市などで活況を呈していた様子をみた地元紙の記者の「現状、何もしていなくてもこれだけの人が集まってくるならば、もっと工夫をすればデトロイトはさらに発展するのではないか」という提言をもとに、商工会議所のメンバーが集まり結成した。彼らはホテル経営者、鉄道代理店、商人、市民リーダー、その他の関係者から構成されていた。
ディスティネーション・オーガニゼーションの定義
ここで改めて観光地経営を担うディスティネーション・オーガニゼーションとは何かを見ていこう。130年の歴史を経て米国のディスティネーション・オーガニゼーションは進化してきた。当初から期待された来訪者誘致による観光による地域への経済効果は今も昔も重要な項目であるが、さらに重要と考えられているのが、コミュニティ、地域住民の生活の質の向上を目指すことであり、観光が地域にとっての「公共善」たらんとする取り組みである。米国には全米ほか世界39カ国のディスティネーション・オーガニゼーションや調査・研究機関など755組織・1万人以上の専門家が集まるディスティネーション・インターナショナル(DI)という団体がある。調査、分析はもとより、さまざまなツールや階層ごとの教育プログラムも提供している米国のディスティネーション・オーガニゼーションを広く束ねる民間団体であり、筆者の所属するANA総合研究所もそのメンバーである。
DIはこう定義している。ディスティネーション・オーガニゼーションの目的は地域社会が訪問・生活・仕事・遊び・投資の理想的な場所として繁栄することであり、ミッションとして地域のブランディング、マーケティング、ディスティネーション・スチュワードシップ*3、コミュニティエンゲージメントを通じてディスティネーションを促進・発展することにあるとしている。そしてここが大事だが、目標として①地域住民の生活の質を豊かにする、②人材の獲得と維持に貢献する(素晴らしい観光地は住みやすく、働きやすく投資しやすい素晴らしい場所というイメージを高める)、③文化とコミュニティを育む(歴史や伝統文化を守り住民のシビックプライドとコミュニティを育む)、④公共サービスの支援(観光収入が税収となり、必要不可欠な行政サービスに回り住民の生活を支える)としている。
もうおわかりだろう。観光需要を創出して得られる経済インパクトの先にあるものを、彼らは見ているのである。

詳細については筆者が一昨年と昨年に寄稿した記事を是非参照されたい*4。
*3 わが国でも最近目にする機会が増えてきたが、ディスティネーション・スチュワードシップはコミュニティをより良い方向に支援しともに歩んでいくという考え方でディスティネーション組織を地域と住民の守護者として位置付けており、米国では早くからこの概念が定着しており、2019年のDIの報告書に登場している。
*4 https://tms-media.jp/posts/46496/
アドボカシーがなぜ不可欠か
サクラメントに集まったのは全米の約200のディスティネーション・オーガニゼーションのCEOや幹部たち、それにわれわれのような調査研究部門が10社ほどであった。日本からはANA総合研究所1社のみである(筆者と同僚の2名)。

全体会議に先立ち50名ほどが集まる会議が開催された。自己紹介をかねて、司会者からあなた方はどうしてアドボカシーの重要性を認識し取り組むようになったか、どのような認識をもっているか、参加者全員が発言する機会があった。共同議長の隣に座っていた筆者はいきなり2番目にマイクを渡された(苦笑)。皆が発言を終えるまでそれなりの時間がかかったが、非常に興味深い発言がいくつもあったのでご紹介したい。
A氏:経済効果の数字をいくら出しても地域住民やリーダーたちが誰も気に留めてくれないことに気づき、戦略を「コミュニティへの奉仕と信頼構築」に切り替えました。その結果、リーダーたちが話を聞いてくれるようになり、条例にも影響を与えられるようになりました。
B氏:2011年に観光局の再建を任された際、マーケティングではなく「コミュニティの関与」が鍵だと気が付きました。
C氏:自分たちが何者で何をしているか、認知度を高めるために多大な労力と時間を費やしました。当時はそれをアドボカシーと呼ぶとは知りませんでした。
D氏:30年以上前から政府やコミュニティに助成金を出していましたが、住民には伝えていませんでした。今も観光局への批判はありますが、訪問者がいなければコミュニティに還元される資金もないということを伝える活動は非常にエキサイティングです。
E氏:16年前、CEOに就任した時、すぐに組織のためにアドボカシーが必要であると悟りました。郡が(私がCEOを務める)観光局を解散させようとしていたからです。私たちの仕事は外に出て私たちの仕事を伝えることでした。
F氏:30年前に最初の仕事で宿泊税の1%増税案をめぐり住民が激怒している公聴会に行きました。そこでアドボカシーの必要性を感じました。
G氏:21年前、自分たちがコミュニティのリーダーたちの会議に招待されないどころか、会議の場所すら教えてもらえない状況でした。今はコミュニティが何を求めているか聞き、教育も行っています。
H氏:8年前、コミュニティで「あなたたちは誰? 何をしているの?」と言われた時自分たちの役割が果たせていないと痛感しました。
I氏:業界に良い結果を残すだけでは不十分で、すべてのステークホルダーの足並みを揃える必要があると気づきアドボカシーを始めました。
J氏:家族や友人に仕事の内容を理解してもらえない難しさとともに、「観光局がなくなったら困る」と思わせるブランド構築のためにもアドボカシーが必要だと感じています。
K氏:戦略プランがあっても資金カットやステークホルダーの協力不足で実行できないもどかしさを経験し、アドボカシーの不可欠性を感じています。
L氏:自分たちでアドボカシーを行わない限り予算はつかないぞと言われたときに痛感しました。
M氏:主要なステークホルダーがCEOに詰め寄った時です。「私たちのために何をしてくれたんだ!」。実際には何千ドルもかけて彼らのイベントを宣伝していましたが、彼らには何も見えていなかった。それを見せる必要があったのです。
このようにアドボカシーの必要性を異口同音に自らの経験で語っている。なぜ彼らはこのように感じているのだろうか。昨年DIより発表されたDESTINATION NEXT 2025 FUTURES STUDY~次世代DMOのための戦略的ロードマップhttps://destinationsinternational.org/reports/destinationnext-futures-study においても36カ国537のディスティネーション・オーガニゼーションのうち42%が今後3年以内に資金調達のリスクに直面しているとの報告があったが、大きく以下のような課題に彼らは向き合っている。
外部・政治的課題
・予算の搾取:他の行政サービスに充当するため観光予算や宿泊税が狙われる
・組織の生存危機:観光局は不要とみなされ、解散や統合の脅威にさらされる
・規制の強化:民泊や観光業に対する過度な規制や条例の制定
・政治家への教育不足:政治家が観光を「経済開発」への重要なエンジンと認識していない
コミュニティ・内省的課題
・アイデンティティの誤解:住民や友人に「旅行会社」「イベントの企画屋」「商工会議所の職員」などと誤解され専門性が認められない。
・「見えない」活動:巨額の宣伝費を投じていても住民にはその成果が見えず、「何もしてくれていない」と不満を持たれる。
・観光公害の視点:観光が自分たちの生活を壊している、あるいは自分たちには関係ないという住民の心理的反発
・データ軽視:「データを見せても(感情的な反対者は)気にも留めない」という事実に基づかない批判への対応
測定と実行の課題
効果測定の難しさ:アドボカシー活動の成果をどう数値化し管理していくかという手法の確立
「発信」から「行動へ」:単なるスローガンの掲示(マーケティング)ではなくいかに地域を形作る具体的なアクションに結び付けるか。
個人の価値観へのアプローチ
いかがだろうか、彼らが直面してきたこうした課題が米国のディスティネーション・オーガニゼーションにアドボカシー活動の必要性を実感させ、広く推し進めることとなったといっても過言ではない。アドボカシーは部門として活動するのではなく組織のDNAであるべきというコメントもあった。一方でわが国のDMOにおいてはデータ分析、マーケティングやプロモーションが業務の大半ではないだろうか。しかしながら、わが国のDMOにとっても異なる意見や、さまざまな生業や背景を抱えるステークホルダーへの説明や根回しは骨の折れる作業である点は米国とも変わらないといえるだろう。
会議冒頭では価値観に基づくアプローチが紹介された。いかにも米国らしいと筆者は感じたが、統計学的な属性(職業・性別・年齢・人種)によるマーケティングや説得は往々にして失敗しやすく、人の行動は自身の価値観に合致するか、共通した価値感があるかどうかで決定される(Shared Values)。価値観にもとづいた説明を行うと、エンゲージメントが40%向上、信頼度が20%向上、ロイヤリティが20%向上し、価格弾力性が12%向上するらしい(12%高くても購入する)。100万人、152言語、186か国の調査の結果、人間の価値観はわずか56種類に集約されるそうだ*5。
そのコミュニティの人々が共通して持つ「価値観」を特定し(Community Shared Value)、その価値観を訴えたことで政治的な承認や予算獲得を劇的にスムーズにした実例も紹介された。カナダのエドモントンでは新しい観光開発計画を策定しようとしていたが、市議会は「なぜ観光や経済開発にこれほどの予算を投じるか」と懐疑的であったが、エドモントン住民の価値観を調査したところ、最も共通する価値観は「環境保護」でも「経済成長」でもなく「地域社会への貢献(Community Service)」と「帰属意識(Belonging)」であることが分かり、市議会に対して「この予算は単に観光客を呼ぶものではありません。住民が大事にしている‘地域への貢献’を実現し、エドモントンを‘誰もが居場所を感じられる場所’にするための投資なのです」と。結果、予算は全会一致で承認されたそうだ。反対していた議員たちも自分たちの有権者が大切にしている価値観に基づいた説明には反対する理由がなかったそうだ。
*5 会議での基調講演者 デイビット・アリソン氏 David Allison(デヴィッド・アリソン)は、人間の価値観に関する研究組織「Valuegraphics Project」の創設者であり、ベストセラー作家、スピーカーとして知られる「Values Guy」。152言語で実施された数百万の調査に基づき、人々の行動原理を分析し、ブランド戦略やリーダーシップへの応用を提唱している。 https://www.davidallisoninc.com/ 紹介された56の価値観は以下。
1.アビリティ(能力) 2.アカウンタビリティ(説明責任) 3.達成(アチーブメント) 4.適応性 5.冒険心 6.利他主義 7.野心 8.自律 9.帰属意識(Belonging)10.コラボレーション 11.慈愛 12.コミュニケーション 13.地域社会への貢献(Community Service)14.活力 15.勇気 16.創造性(クリエイティビティ) 17.好奇心 18.規律 19.多様性 20.効率性 21.信頼性 22.環境保護 23.公平性 24.倫理性 25.卓越性 26.家族 27.自由 28.友情 29.寛大さ 30.幸福 31.健康と幸福(ウェルビーイング) 32.正直 33.謙虚さ 34.ユーモア 35.インクルージョン(包摂) 36.独立性 37.知性 38.正義 39.学習(学び) 40.忠誠心 41.開放性 42.忍耐 43.平和 44.持続性 45.自己成長(Personal Growth) 46.個人的責任(Personal Responsibility) 47.喜び(プレジャー) 48.品質 49.敬意 50.安全性 51.セルフコントロール 52.自己実現 53.精神性(スピリチュアリティ) 54.伝統 55.信頼(トラスト) 56.透明性
後編では、観光地経営における「言葉」と「価値観」に焦点を当て、米国で提唱される観光レキシコン(用語集)の考え方や、住民感情を重視したディスティネーション・マネジメントの実践事例を紹介していく。
※メインビジュアルは、米国カリフォルニア州サクラメント市街 (筆者撮影)
寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員