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【対談】地域資源コンテンツ化が観光需要分散の鍵、観光庁事業と観光資源課の役割

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観光庁観光資源課長 矢吹周平氏×跡見学園女子大准教授 篠原靖氏 令和8年度事業の狙いを語る

訪日客数が過去最高を更新し、日本の観光は新たな局面を迎えている。2026年度の観光庁予算は前年度比2.4倍の1383億円となり、観光政策は大きく前進する節目の年となる。さらに政府の「観光立国推進基本計画」の改訂も予定されており、日本の観光の方向性が改めて問われる重要なタイミングとなっている。今回は、観光庁観光地域振興部観光資源課長の矢吹周平氏と、内閣官房「地域活性化伝道師」で跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏が対談。日本の観光の現状と政策の方向性や観光資源課が担う事業、とりわけ地域資源のコンテンツ化や観光需要分散に関する新事業について議論が行われた。(3月3日、場所:東京都文京区の跡見学園女子大学、ツーリズムメディアサービス代表 長木利通)

第1章 インバウンド好調の現在地と、観光政策の新たな課題

篠原 2026年度がいよいよ始まります。矢吹課長は昨年、観光資源課長に就任されましたが、この間、日本の観光をどのように見てこられましたか。2026年度の観光庁事業の方向性についてもお聞かせください。

矢吹 着任してまだ半年余りではありますが、各地を訪れて強く感じたのは、地域の皆さんが「地域を元気にしたい」という強い思いを持たれていることです。文化財、工芸品、あるいは自然でも、地域にあるものを生かして人を呼び込みたい、地域に経済活動を生み出したいという気持ちが非常に大きいと感じています。

ただ、それだけではありません。地域の方々は、自分たちの地域が誇れる場所なのだということを、もっと堂々と発信したいという思いも持っています。実際に訪れた方が「いい場所だった」と感じて帰られることは、地域の人にとって大きな喜びとなります。そうした思いを行政としてどう支えられるかが、これからより重要になります。

篠原 観光には経済効果だけでなく、地域の誇りを育てる力があります。いわゆるシビックプライドの醸成です。外から来た人に「この町は素晴らしい」と言ってもらうことが、地域の人自身にとっても、自分の故郷を見つめ直すきっかけになります。

矢吹 その通りです。観光の効果は経済面だけではなく、地域愛や誇りの形成といった、より情緒的な部分にも及ぶものです。観光だけですべてが解決されるわけではありませんが、地域を元気にする有効なツールであることは間違いありません。さらに、そうした地域の魅力や文化を次の世代につないでいくうえでも、観光の役割は大きいと考えています。

篠原 現在、日本の観光は非常に堅調といえます。訪日客は増え、消費額も伸びている。その一方で、オーバーツーリズムなど新たな課題も見えてきています。

矢吹 観光立国推進基本計画の改訂も進む中で、日本の観光は次の段階に入っていると感じています。訪日需要の拡大により、観光は国全体にとって大きな成長分野になりました。

一方で、観光客の集中が地域住民の生活に影響を与える場面も出てきています。これからは、単に人を増やすという発想ではなく、地域と共生しながら、観光をどう持続可能な形にしていくかが重要になります。観光を地域にとってプラスのものにしていく視点が、これまで以上に求められます。

観光庁 観光資源課長の矢吹周平氏
観光庁 観光資源課長の矢吹周平氏

第2章 数も質も伸ばす、観光立国推進基本計画改訂が示す新たな方向性

篠原 訪日需要が拡大し、観光が日本経済の中で存在感を高める一方で、課題もより具体的に見えるようになってきました。そうした中で、今年は政府の「観光立国推進基本計画」の改訂時期に当たります。今回の改訂は、今後の観光政策の方向性を考えるうえで、どのような意味を持つのでしょうか。

矢吹 観光立国推進基本計画は、日本の観光政策の方向性を示す基本的な枠組みです。今年はその改訂年度に当たり、これまでの成果と課題を踏まえながら、次の段階に向けた方針を整理する重要なタイミングになります。数字の面だけを見れば、日本の観光は非常に力強く回復しています。訪日外国人旅行者数は初めて4000万人規模となり、消費額も大きく伸びています。観光は外貨を稼ぐ成長産業として、国全体にとって大きな意味を持つ存在になりました。

一方で、観光客の集中による地域住民への影響や、都市部と地方部との誘客格差、地域での消費の偏りなど、単純に「人数が増えた」というだけでは捉えきれない課題も見えてきています。だからこそ、今回の改訂では、これまでの「数を伸ばす」観光政策に加えて、どのように受け入れ、地域にどのような価値を残すのかという視点を入れなければなりません。

三つの政策の柱

篠原 今回の計画改訂では、三つの施策の柱が想定されていると伺っています。

矢吹 現時点で想定している柱は三つあります。

一つ目は、インバウンドの受け入れと住民生活の質の確保の両立
二つ目は、国内交流とアウトバウンドの拡大
三つ目は、観光地・観光産業の強靱化

一つ目の「受け入れと生活の両立」は、現在の観光政策において非常に重要なテーマです。インバウンドは地域経済に大きな効果をもたらしますが、特定の場所や時間帯に人が集中すれば、地域住民の暮らしに負担が生じることもあります。観光は地域にとってプラスであるべきで、地域の理解や納得が得られない形では持続しません。持続可能な観光という観点からも、観光客を受け入れる仕組みと住民生活を守る視点の両立が不可欠です。

篠原 観光客の増加そのものが目的になると、本来の観光の意義が見えにくくなります。

矢吹 観光が地域に歓迎されるためには、観光によって地域が元気になった、暮らしが良くなった、誇りが高まったという実感につながる必要があります。経済効果だけでなく、住民の満足感や地域の持続性まで含めて考えていくことが重要です。

国内交流をどう位置付けるか

篠原 二つ目の柱である国内交流についてはいかがでしょうか。

矢吹 インバウンドが注目されがちですが、日本の観光の基盤を支えているのは国内旅行です。地域と地域を人が行き来することで、消費が生まれ、文化の交流も生まれます。観光を安定した産業として育てていくためには、国内交流の厚みが重要になります。アウトバウンドについても、日本人が海外に出て得た経験や視点が、国内観光の質を高めることにつながります。インバウンドだけに偏るのではなく、国内交流やアウトバウンドも含めて観光全体をバランスよく捉えていくことが必要だと考えています。

観光地・観光産業の強靱化

篠原 三つ目の柱が観光地・観光産業の強靱化です。

矢吹 コロナ禍を経験し、観光産業は外部環境の変化に大きく影響を受けることが改めて明らかになりました。地域が持続的に観光を発展させていくためには、需要の変化にも対応できる強い基盤を持つことが必要です。一つの人気スポットに頼るのではなく、地域にある多様な資源を掘り起こし、磨き上げながら観光地としての魅力を高めていくことが重要になります。地域の関係者が連携し、自然、歴史、文化、食といった資源を観光価値へと転換していく取り組みが、結果として強い観光地づくりにつながります。

政策の転換点としての2026年度

篠原 2026年度は、新しい事業が始まるだけでなく、観光政策の考え方そのものが次の段階に進む節目の年とも言えそうです。

矢吹 訪日需要の拡大という追い風がある今こそ、地域と観光の望ましい関係をどう築いていくのかを考えなければなりません。観光立国推進基本計画の改訂は、その方向性を整理し、地域や事業者の皆さんと共有していくための大きな機会となります。

跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏
跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏

第3章 観光資源課が見つめる日本の強み 多様な地域資源をどう観光価値に変えるか

篠原 観光政策全体の方向性や観光立国推進基本計画の改訂について伺ってきました。その中で、地域への分散を進め、観光を地域の価値創出につなげていくうえで、観光資源課の役割はますます大きくなっています。自然、歴史、文化、食、工芸など、日本各地には多様な資源がありますが、それらをどのように観光として生かしていくのか。改めて考えをお聞かせください。

矢吹 少し大きな話になりますが、日本の強みは多様性にあると思っています。四季があり、地域ごとに異なる自然環境があり、その土地ごとに長い時間をかけて文化や暮らしが育まれてきました。

同じ日本の中でも、山の信仰を持つ地域があり、海の文化を持つ地域があり、工芸や食の伝統が息づく地域もあります。しかもそれぞれが季節によって表情を変えます。つまり、その土地、その時期、その場所に行かなければ出会えないものが全国各地にあるということです。

観光資源課の役割は、そうした地域資源を見つけ出し、磨き上げ、地域の中で価値として生かしていく取り組みを支えることだと考えています。

「ある」だけでは選ばれない時代

篠原 地域に行くと「良いものがある」という思いはあっても、それを観光客にとって分かりやすい価値に転換できていないケースも多いように感じます。

矢吹 まさにそこが重要な点です。地域には魅力的な素材がありますが、それがそのままで観光になるわけではありません。地域の方にとっては当たり前の風景や文化でも、外から来る人にとって何が特別なのかが明確に伝わっていないことがあります。

観光においては、単に良いものが存在しているだけではなく、それがなぜその地域ならではなのかを伝えることが重要です。自然、食、工芸などの資源も、その背景にある歴史や暮らしとの関係まで含めて見せることで、初めて地域独自の物語になります。

その意味では、観光資源を見つけるだけでなく、それを選ばれる形に変えていかなければなりません。

観光資源課が広げようとしている対象領域

篠原 観光資源課というと、以前は文化財活用のイメージを持つ方も多かったと思いますが、対象領域は広がっているように感じます。

矢吹 文化財や歴史的建造物の活用は引き続き重要ですが、それだけではありません。自然、食、暮らし、工芸、地域産業など、より幅広い資源を観光の視点で捉えていく必要があります。例えば古民家の改修も、単なる施設整備ではなく、その地域の食や体験、自然と結びつけることで滞在価値が高まります。酒蔵や工房など地域産業の現場も、観光と結びつけることで新たな体験価値を生み出せます。個々の事業が別々に見えても、最終的には地域の観光価値をどう高めるかという一点につながっていると考えています。

地域資源を「点」から「線」、そして「面」へ

篠原 地域には多くの資源が点在していますが、それを点のままで終わらせるのではなく、線や面にしていくことが重要だと感じます。

矢吹 一つひとつの資源は小さく見えても、それをストーリーでつなぐことで観光の魅力は大きくなります。自然を見て終わるのではなく、その自然の中で育まれた食を味わい、地域の文化や暮らしに触れる。そうした体験が組み合わさることで、「この地域だからこそ経験できた」という旅になります。

地域の資源をどう組み合わせれば来訪者にとって魅力的な体験になるのか。そこを考えることが、地域資源を観光価値へと転換するうえで重要です。

篠原 地域資源は、ただ「ある」だけでは観光にはなりません。意味を与え、つなぎ、体験に変えることで、初めて選ばれる価値になります。そう考えると、次に問われるのは、地域の素材を具体的にどう観光商品へと組み立てていくのかという点です。

矢吹 地域の魅力を発掘するだけでなく、それを実際に来てもらえる商品や体験に変えていくことが必要です。そこに、これからの観光政策や支援事業の意義があると考えています。

観光資源課の役割を説明する矢吹氏
観光資源課の役割を説明する矢吹氏

第4章 観光需要分散の鍵「観光需要分散のための地域観光資源のコンテンツ化促進事業」

篠原 ここまで、日本の観光の現状や政策の方向性、そして地域資源の可能性について伺ってきました。そうした流れを踏まえると、地域にある資源をどのように観光価値へ転換していくのかが、これからの観光政策の重要なポイントになります。その具体的な取り組みとして進められているのが「観光需要分散のための地域観光資源のコンテンツ化促進事業」です。この事業の狙いについて改めてお聞かせください。

矢吹 事業は、増加するインバウンド需要を背景に、観光による経済効果を全国津々浦々に広げていくことを目的としています。現在、日本の観光は非常に好調ですが、その一方で、特定の地域や時間帯に観光客が集中する傾向も見られます。いわゆるオーバーツーリズムの問題も含めて、観光需要をどのように分散していくかが大きなテーマになっています。

観光需要分散というと、どうしても「場所」の分散がイメージされますが、それだけではありません。例えば、季節や曜日、時間帯など、時間の分散という視点も重要になります。閑散期に訪れる理由をどう作るのか、朝や夜の時間帯にどのような体験を提供できるのか。地域の魅力を多様な形で見せることで、観光の流れそのものを広げていくことが求められています。

篠原 単に新しい観光地を作るというよりも、地域の魅力を再編集していくという発想ですね。

矢吹 多くの地域にはすでに魅力的な資源があります。自然、歴史、文化、食、工芸、地域の暮らしなど、素材そのものは非常に豊富です。ただ、それが必ずしも観光コンテンツとして整理されているとは限りません。そこでまず重要になるのが、地域資源の棚卸しです。地域にどのような資源があり、それらがどのような歴史や文化の中で育まれてきたのか。その価値を整理し、地域としてのストーリーを描くことが出発点になります。

その上で、地域資源を観光体験としてどのように提供するかを考えていきます。例えば、伝統工芸であれば、作品を販売するだけでなく、制作の背景や技術を体験できるプログラムにする。食文化であれば、生産現場と食体験を結びつけることで、その土地ならではのストーリーを伝える。地域の祭礼や文化行事、自然環境なども含めて、地域のストーリーに基づいた観光体験を組み立てていくことが重要になります。

篠原 観光資源は単独で存在しているだけではなく、それらをつなぐことで価値が生まれます。

矢吹 観光資源は「点」として存在していますが、それをストーリーでつなぐことで「線」になり、さらに地域全体の回遊につながることで「面」としての観光地が形成されます。

例えば、古民家に宿泊し、地域の食文化を体験し、近隣の酒蔵を訪れ、自然の中を散策する。そうした体験が一体となることで、その地域ならではの旅が成立します。結果として、地域内での回遊が促進され、滞在時間の延長や観光消費の拡大にもつながっていきます。

この事業では、そうした観光コンテンツの造成だけでなく、情報発信や販路開拓、旅行会社との連携なども含めて支援を行います。体験を作るだけでなく、それを観光商品として流通させるところまで含めて支援することが特徴です。

観光コンテンツを支える環境整備

篠原 一方で、体験コンテンツを作るだけでは観光地としての魅力は十分に発揮されません。訪れる人にとって利用しやすい環境を整えることも重要になります。

矢吹 観光コンテンツの魅力を高めるためには、施設整備などのハード面の取り組みも欠かせません。そこで観光庁では、「地域の観光資源充実のための環境整備推進事業」を通じて、観光資源の活用を支える環境整備も進めます。

例えば、古民家や歴史的建造物の改修による宿泊施設の整備、酒蔵や工房の改修による体験施設の整備、観光案内所やビジターセンターの整備、散策路や自然体験のための環境整備など、地域資源を観光体験として提供するための基盤づくりを支援しています。

こうした整備は単なるインフラ整備ではなく、地域のストーリーに基づく体験を実現するための基盤となるものです。観光案内所や拠点施設を整備することで、地域内の体験施設や観光スポットへの誘導が可能になり、地域全体の回遊性が高まります。その結果として、観光客の滞在時間が延び、地域内での消費の拡大にもつながります。

篠原 ソフトとしてのコンテンツづくりと、ハードとしての環境整備が組み合わさることで、観光地としての完成度は高まるでしょう。

矢吹 観光需要分散のための地域観光資源のコンテンツ化促進事業がソフト面を担い、地域の観光資源充実のための環境整備推進事業がハード面を支える。この二つの取り組みが連動することで、地域資源は単なる素材ではなく、実際に訪れて体験できる観光コンテンツとして磨き上げられていきます。

地域の魅力を再発見し、それを観光体験として提供できる形にしていく。その取り組みを支えることで、観光の恩恵をより多くの地域へ広げていくことが、2026年度事業の大きな狙いです。

結び 地域資源を磨き上げ、観光の価値を広げる

訪日客の増加という追い風の中で、日本の観光はいま新たな段階を迎えている。問われているのは、単に「どれだけ来てもらうか」ではなく、「地域にどのような価値を残すか」という視点だ。

地域に眠る文化や自然、食や工芸といった資源を観光体験として磨き上げ、そこに人の流れと消費を生み出していく。観光庁が進めるコンテンツ化促進と環境整備の取り組みは、その基盤づくりでもある。

観光は、地域の価値を再発見し、誇りを育て、文化を未来へつないでいく営みであり、地域資源を生かした観光の挑戦は、いま各地で動き始めている。

「観光需要分散のための地域観光資源のコンテンツ化促進事業」の狙いを議論
令和8年度事業の狙いを議論

取材 ツーリズムメディアサービス代表 長木利通

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