この夏、欧州並びに北米諸国を襲った熱波の影響を最も強く受けた都市の1つ、イタリアの首都ローマ。日傘をさしても体温の低下には効果なく、市内に数ある公共の泉や噴水で水流を全身に浴びせて涼をとるツーリストの映像は、記憶に新しい。「永遠の都」、ローマは熱波と共に滅ぶのだろうか。
そんな心配を掻き消すように、市内2000か所の公共の噴水と泉が、熱波に疲弊する市民とツーリストに魂を呼び覚まさせ、勇気づけたと報じられている。ローマ帝国時代に築かれた11の水源と水道を始めとし、市内には、噴水と泉が2000か所、水飲み場が5000か所以上ある。古代から豊かさの象徴だった水こそが、ローマを「永遠の都」たらしめた。ローマは、紛れもなく「水の都」でもあった。熱波が和らいだ8月後半、「永遠の都」ローマは不死鳥の如く復活を遂げた。巡礼者、ツーリスト、ビジネス客が訪れ始め、市民の日常はとうに平常化し、首都ローマはバカンス前の賑わいを取り戻している。
教会、宮殿、貴族の館などが日常生活に深く関わる
ローマ観光の必見箇所は、古代ローマの遺跡であるフォロ・ロマーノ、コロッセウム(円形闘技場)、パンテオン、サンタンジェロ城(ハドリアヌス帝の霊廟)、カラカラ浴場などに加え、ヴァティカンを含む四大聖堂、スペイン階段、トレビの泉など多くの歴史遺産が挙げられる。しかし、ローマ歴史地区(1980年に世界遺産)の見所は、決してそれだけに終わらない。ローマ帝国時代から中世、近世を経て現代に至るまで営々と築かれてきた教会、宮殿、貴族の館、公共広場などは、歴代の巨匠たちが精魂込めて制作した第一級の美術品で華麗に装飾されて現代まで引き継がれた。それらはローマ市民の日常生活と深くかかわりを持ちながら、都市と共存している。ローマは1日にして成らず。ローマ観光も1日にして成らず。
ツーリストにとって、ローマの歴史遺産の全てを見届けることは出来ないが、建築、土木技術、彫刻、絵画、インテリアなど技術と芸術文化が織り重なるラテン文化の多彩さと重厚さを肌で感じ取ることは出来そうだ。そのためには、旅の途上、一日でも割いてローマの街歩きをするとよい。
ローマの旧市街は、ヴァティカンと下町のトラステヴェレ地区を除くと、2キロ四方余り。太陽の下で光輝く石畳の道の先に天を突き刺すオベリスクを見たかと思うと、黄褐色した街並みの薄暗い小路を曲がった途端、高い円蓋を頂くカトリック教会が現れて息を呑む。ローマ旧市街の街歩きは、古都の迷宮を次々に訪ね歩くこと、米映画「インディージョーンズ」の世界に迷い込むようだ。
スペイン坂、トレビの泉‥‥、見所尽きない街歩き
ローマ中央駅「テルミニ」で地下鉄A線に乗り、3つ目の「スパーニャ」駅から徒歩2分、「スペイン階段」を起点に街歩きを始めよう。ハリウッド映画の名作「ローマの休日」のロケに使われ、世界中の人々に愛されて来たスペイン階段を下りたら、ローマ旧市街をはじめは南に、次に西へと進み、同じく「ローマの休日」の名場面として登場する、テヴェレ川左岸のサンタンジェロ城まで歩いてみよう。
スペイン階段下の「バルカッチャの噴水」で水を浴びたら、地図を片手にスペイン広場の南端のドゥエ・マチェッリ通りを南に真っすぐ進む。バルベリーニ広場から西に走るトリトーネ通りにぶつかったら、今度はトリトーネ通りを真西にワン・ブロック進んで、南に向かう小路、スタンぺリア通りに分け入る。
間もなく、小路の先から賑やかな歓声が聞こえ出す。小路が突然開け、海神ネプチューンを中央に女神や馬を従えた巨大な彫刻群と泉が現れる。「トレビの泉」である。大勢のツーリストと共に、コインを泉に後ろ向きに投げてローマ再来を誓う。トレビの泉をあとに、今度は西に向かう小路を進むと、「ヴィットリオ・エマヌエル2世記念堂」と「ポポロ広場」を結ぶローマの目抜き通り、コルソ通りに出遭う。デパート、銀行、商店が居並ぶコルソ通りのほぼ真ん中で、「マルクスアウレリウス帝の記念円柱」が立つコロンナ広場に出る。コロンナ広場に隣接する広場は、ローマの初代皇帝オクタヴィアヌスがエジプト遠征の後に運んだオベリスクが建つモンテチトーリオ広場。
広場の北側に建つモンテチトーリオ宮殿は、現在、イタリア下院が入る歴史的建造物で、イタリア・バロック時代の巨匠ベルニーニの設計と言われる。モンテチトーリオ広場から「パンテオン」に至る小路は、西に南に折れ曲がる迷路のようだが、小路の両側にバール(イタリアン・カフェ)やジェラッテリア(アイスクリーム屋)が軒を並べる市民の憩いの場。小路を歩き進む内に小路の先に、コリント式列柱の上に大きな円蓋を載せたマッシブな建築物が見え隠れするようになる。何だろう? 突然、巨大なパンテオンが立ちはだかるロトンダ広場に出る。
ロトンダ広場までやって来ると、ローマの中枢部に踏み込んだことになる。史蹟、遺跡が目白押しだ。パンテオンの南には、ミケランジェロのキリスト像とフィリッピーノ・リッピのフレスコ画で名高いサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会、パンテオンの西には、イタリア絵画の巨匠カラヴァッジョの宗教画三部作を所蔵するサン・ルイージ・デイ・ランチェージ教会がある。
ダ・ヴィンチやラファエロと並ぶバロック絵画の巨匠カラヴァッジョの渾身の作と言われる三部作は、見る者に敬虔さと生きる力を与え続ける。教会の裏手(西側)に回れば、古代ローマの戦車競技場だったナヴォナ広場に辿り着く。広場中央の「四大河の噴水」は、巨匠ベルニーニの渾身の大彫刻だ。ナヴォナ広場は、広場を囲むようにバールとオステリア(簡易レストラン)が並び、小休止、ランチ、ディナーをとる市民で終日賑わう。
街歩きの最後に、ナヴォナ広場の北側から西に真っすぐ伸びるコロナーリ通りに分け入る。ローマでも有数の骨董品街、時代時代の戦士が使った甲冑、刀剣、ランタンなどが小さな店々にうず高く仕舞われ顧客を待つ。コロナーリ通りの西端まで歩き終えると、既に夕暮れを迎える頃だ。テヴェレ川の向かい(左岸)に、ライトアップされたサンタンジェロ城が立ちはだかり、テヴェレ川に掛かるヴィットリオ・エマヌエーレ2世橋の向こうに、ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂が見え出す。ローマは1日にして成らず。
「永遠の都」ローマは、いつでも貴方を待っている
この夏、欧州と北米諸国を襲った熱波は、これまでのバカンス観光を大きく変えることになった。特に、気温上昇がピークを迎える7月を挟んで数か月は、市民もツーリストも南欧地域を避け、北方地域へ向かう。
あるいは、時期を前に後ろにずらして従来型のバカンス観光をエンジョイすることになろう。ただし、南欧地域の通年観光が今後減少することにはならない。むしろ、熱波の時期をずらして南欧地域を訪れるツーリストが増加すると思われる。特に、「永遠の都」ローマは、史蹟・モニュメントの宝庫であること、ツーリストに優しい卓越した水道設備を有すること、目印となる教会、広場が要所に立つ街歩き易さ、プチホテルや民泊施設に十分なキャパシティがあるなど、四季(7月を除く)を通じて都市観光が楽しめる。
そして、何よりも、ローマの食は、ツーリストにとって忘れられない体験。古代人も食したアンティコ・イタリアンから現代のモダン・イタリアンまで多種で多風味な本格イタリア料理は筆舌に尽くし難い。一度は時間をかけて観光したい「永遠の都」ローマ。行き先(ローマ歴史地区)よし、目的(街歩き/ グルメ))よし。
渡航時期としては、日本発の航空運賃が高止まり、また円安が続くので、費用対効果の高い時期を自ら選択することが賢明だ。比較的廉価な民泊施設やプチホテルが旅への誘惑を駆り立てるだろう。熱波襲来から見事に復活した「永遠の都」ローマは、いつでも貴方を待っている。
(2019年現地調査、2023年現地情報に基づく)
寄稿者 山田恒一郎( やまだ・こういちろう) 旅行作家