前回の寄稿文では、建築家としての視点から『宿泊施設に求められる「特異性」を求めて』と題し、今後の観光業に必要とされる宿泊施設について自論を寄稿しました。今回も同様に建築家としての視点から、インバウンド回復による訪日客の増加を見込み、その訪日客が宿泊することが多い「民泊」について寄稿したいと思います。
民泊とは
はじめに「民泊」とは、どのように定義されているのでしょうか。国土交通省(観光庁)が提供する、民泊制度ポータブルサイト[01]では、以下のように説明されています。
「民泊」についての法令上の明確な定義はありませんが、住宅(戸建住宅やマンションなどの共同住宅等)の全部又は一部を活用して、旅行者等に宿泊サービスを提供することを指して、「民泊」ということが一般的です。
したがって「民泊」とは、元々は住宅であった既存建築物を利用して、旅行者等の利用者に宿泊サービスを提供することを指します。
届出住宅数
観光庁が公表している資料(下記、添付資料)では、「民泊」としての届出住宅数は、2020年から2022年のコロナ渦は減少していますが、コロナ渦以外の期間は増加傾向となっています。
またここ数年、Airbnb[02]などのインターネットを通じて空き室を短期で貸したい人と宿泊を希望する旅行者とをマッチングするビジネスが世界各国で展開されており、急速に増加しています。
空き家問題と宿泊需要への対応
日本では2011年より、人口減少社会に突入していることは多くの人が周知していると認識しています。さらに旧来より、地方で多くみられる少子高齢化社会を背景とした問題とも合わせて、住宅などの空き家の増加が問題視されています。空き家の増加は、建築物の老朽化による倒壊をはじめ、放火や不法投棄、不審者が住み着くことによる治安の悪化などの温床となることから社会問題化しています。そのため日本では、急増する訪日外国人観光客の多様な宿泊需要への対応や、少子高齢化社会を背景に増加する空き家の有効活用といった地域活性化の観点からも、「民泊」に対する期待が高まっています。
住宅宿泊事業法の成立
「民泊」については、宿泊施設に求められる衛生面の確保や、近隣住民とのトラブル防止に留意したルール整備以外にも、そもそも旅館業法の許可が必要な「簡易宿所」に該当するにも関わらず無許可で営業されることが多くあり、国として法の整備が望まれていました。この課題を踏まえて、健全な「民泊」の普及を図るべく、平成29年6月に住宅宿泊事業法が成立しました。住宅宿泊事業法では、「民泊」で使用する建築物についての基準も規定しており、建築基準法と関係する主な部分を以下に記載します。
① 敷地の用途地域(住専地域[03])で原則禁止されている、宿泊施設の建築緩和。
② 宿泊者に対する最低床面積(3.3㎡/人)の確保。
③ 衛生に関わる設備(換気、除湿など)の設置。
④ 消防等の安全装置(非常用照明、火災報知器、防火区画など)の設置。
したがって、既存住宅をある一定の基準に改修等を行えば、正式に「民泊」として営業することが認められます。では、どのような既存住宅が「民泊」へ改修されるのでしょうか。
検査済証のない建築物
実務での経験から、「民泊」に改修する住宅の多くは築年数がかなり経過した住宅(建築物)です。もちろん、新築して間もない住宅を改修する事例もありますが、最近の建築基準法に適合する住宅は「民泊」の基準にも適合することが多く、書類としての届出[04]は必要ですが改修までは不要になることが多いです。
実は「民泊」に改修する、築年数の経過した住宅の多くに共通する大きな問題点があります。その問題点とは、建築された住宅が法律に適合しているかの検査を完了していることを証明する、完了済証の未交付物件が多いということです。つまり、改修を行おうとしている住宅が、既存不適格建築物(建築時は法に適合していたが現法には適合しない建築物で、違法建築物ではない)か、違法建築物(当時の法から適合していない建築物)かの判断が難しく、その住宅を「民泊」に改修することが違法行為になる場合もあります。また、床面積が200㎡以下の住宅を「民泊」(建築基準法では「寄宿舎」に分類)に用途変更する場合は、書類としても届出が不要になるため、改修後はさらに法に適合か否かの判断が複雑になります。
設計者の関与
既存住宅を「民泊」へ改修することの可能性、またその実情を踏まえた問題点を論じてきました。では、どのように「民泊」に既存住宅を改修したら良いのかを考えたいと思います。結論としては、建築に関する法律について精通している設計者が必ず関与することが重要であると考えます。なぜ、設計者が関与すると良いのでしょうか。以下に関与した場合に、提案できる事項を記載します。
① 近隣住民に配慮したものとなるように、運営に関わる提案ができる。
② 最低限の衛生基準(換気、除湿など)を確保した提案ができる。
③ 火災時などの有事の際に求められる基準(非常用照明、火災報知器、防火区画など)を確保した提案ができる。
設計者が関与する場合、上記①②③の事項については、必ず厳守します。なぜなら設計者は設計責任[06]の義務を負っており、その設計者は罰則や刑罰の対象になります。もちろん、その「民泊」のオーナーである建築主にも同様に刑罰が科せられます。そのため設計者には、その責任を果たすために建築士の資格を有していること、並びに、定期講習などが法律で課せられています。
用途変更の事例
私が携わっている実務の中で、既存住宅を「民泊」に改修する事例を紹介したいと思います。敷地は東京都の某所で、木造3階建ての住宅を改修し、「民泊」へ改修するものです。前回の寄稿文で「特異性」について論じていますが、今回も「特異性」について考えてみると、大きく3点存在していると考えます。
① 日本の和をテーマとした、建築の空間作り。
② 利用客をアッパー層に限定するための、建築の空間と設備の導入。
③ 訪日外国人に限定しない、日本人のアッパー層に求められる部屋と機能の充実。
今回の「特異性」も、前回の「特異性」と同様に、利用者を選別する(限定する)ことであると考えています。したがって、その「特異性」はその宿泊施設の売りであり強みになり、結果として宿泊施設の生き残っていく手段となると考えています。
総評
昨今の「民泊」ブームにより、日本中で住宅数が増加していますが、そのほとんどが同じような施設であり、それぞれの違いを見出すことが困難です。重ねての自論になりますが、そのような「民泊」は生き残ることが難しいと思います。しかし、どの「民泊」でも何らかの「特異性」を見出すことができれば、将来的に生き残る可能性があると信じています。また、そのような「民泊」を増やすことが観光業にとって、強いては日本にとって大変有意義なストックになるのではないかと考えています。
補足事項
[01]:民泊制度ポータルサイト(https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/overview/minpaku/index.html)より出典。
[02]:Airbnb, Inc.(エアビーアンドビー)は、米国のサンフランシスコに拠点を置く、民泊のオンライン販売を行う企業。
[03]:第一種低層住宅専用地域・第二種低層住宅専用地域・田園住居地域・第一種中高層住宅専用地域・第二種中高層住宅専用地域の、主に住宅を建築する5つを総称した地域を示す。
[04]:建築基準法第87条1項【用途の変更に対するこの法律の準用】より、建築主事へ「検査を申請」から「届け出」に読み替える。
[05]:検査済証のない建築物に係る指定確認検査機関を活用した建築基準法適合状況調査のためのガイドライン(国土交通省、平成26年7月)より出典。
[06]:建築士法18条1項より。建物の設計者である建築士は、設計に係る建物を法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合させる義務を負います。