Booking.comは9月15日、都内で「Booking.com Innovation Summit Japan 2026」を開催した。創業30周年の節目に、同社のグローバル幹部と外部専門家が、生成AI、地域観光、フィンテック、オンラインセキュリティーなど、旅行産業を取り巻く変化について議論した。
なかでも浮かび上がったのが、生成AIによって旅行の検索・計画・予約のあり方が大きく変わる一方、旅行ビジネスでは「信頼できる情報を、実際に予約可能な商品へつなぐ」ことが依然として難所になるという認識だ。
Booking.comのシニア・バイス・プレジデント兼最高事業責任者(CBO)のジェームス・ウォーターズ氏は、AIによって旅行予約の世界がある意味で「一周して元に戻る」との見方を示した。
AIで再び「旅行会社」の機能へ
ウォーターズ氏が引き合いに出したのが、オンライン予約が普及する以前の旅行会社だ。従来の旅行会社は旅行者に対し、顧客を理解したうえでの「パーソナライゼーション」、実在するホテルや商品を扱っているという「信頼・安心」、膨大な選択肢を絞り込む「簡便さ」という3つの価値を提供していたと説明する。
その後、旅行予約の中心はオンラインに移り、Booking.comを含むOTAは大量の商品を旅行者が検索できる環境を作った。しかし、選択肢が増えた現在は、今度は「その中から自分に合うものを探す」こと自体が課題となっている。
ウォーターズ氏は、AIが多数の選択肢から旅行者に合った商品を抽出し、個々の嗜好に沿って提案できるようになることで、かつて旅行会社が果たしていた役割に近づいていくとの考えを示した。一方で、従来の旅行会社との大きな違いとして、デジタルプラットフォームが扱える商品の「規模」を挙げた。
これは旅行会社にとって無視できない変化だ。生成AIの登場によって競争の焦点が、単に商品をオンラインで販売できるかどうかから、旅行者の意図をどこまで理解し、適切な商品を提案し、そのまま予約まで完結できるかへ移りつつあるためだ。
生成AIの弱点は「予約できるか」
ただし、ウォーターズ氏は現在の生成AIには大きな空白があるとも指摘した。 大規模言語モデル(LLM)は旅程を作成したり、旅行先を提案したりする能力を急速に高めている。しかし、その旅程を「信頼でき、実際に予約可能な商品」に変換する部分については、まだ十分ではないという。
同氏は、自身がニューヨークで商品を扱う店舗をAIに尋ねた際、非常に説得力のある回答が返ってきたものの、実際には紹介された店舗で商品を扱っていなかった経験を紹介。「AIは非常に自信を持って間違えることがある」と問題を説明した。
Booking.comが狙うのは、この空白だ。
ウォーターズ氏によれば、LLM事業者が旅行者の「意図」から出発し、旅行商品の供給側へ向かおうとしているのに対し、Booking.comは実際に予約できる商品を起点として、旅行計画やインスピレーションといった上流へ進もうとしている。
旅程作成機能をLLMのAPIによって実装すること自体は難しくないとしながら、「目に見える部分は簡単」であり、難しいのは旅行者の意図と、信頼できる、予約可能で品質が担保された在庫を結び付けることだと強調した。
同社の宿泊事業担当シニア・バイス・プレジデントのマティアス・シュミット氏も、生成AIによってOTAが従来の「検索、予約、決済、旅行後のサービス」だけでなく、旅行者が目的地を決める前の計画段階にまで関与できるようになるとの見方を示した。
すでに自然言語による検索では、従来の「目的地・日付」だけでなく、「特定エリアに近く、高層階の部屋」「アジア太平洋地域でビーチを楽しみたい」といった曖昧な希望から候補を提示できる方向に進んでいるという。
「AIに全部任せる」には高いハードル
では、AIエージェントが旅行者に代わって航空、ホテル、体験などを自動的に探し、異なる予約サイトから最安商品を組み合わせるようになれば、OTAそのものが旅行者から見えなくなるのか。
会場からこうした趣旨の質問を受けたウォーターズ氏は、それをBooking.com自身も投資家から問われる「非常に大きな戦略的な問題」と認めた。
音声で旅程を伝え、それをもとに旅行商品を組み立てる技術自体はすでに現実味を帯びている。一方で同氏は、旅行者が選択肢を一切確認せず、AIにそのまま購入を任せるようになるかについては慎重な見方を示した。
旅行は「時間、金額、感情」のいずれの面でも負担が大きい。さらに、欠航、異常気象、予定変更などが発生した際、複数の事業者からAIが自動的に商品を組み合わせていれば、その後のサービスを誰が担うのかという問題が生じる。
ウォーターズ氏は、価格だけを条件にAIエージェントが商品を選ぶ世界についても疑問を示し、商品の提案品質や表示方法、トラブル発生時の安心感が引き続き重要になるとの認識を示した。
旅行会社に置き換えれば、生成AIによって検索や旅程作成のコストが下がっても、「選択肢を適切に絞る」「確実に手配する」「問題が起きた際に処理する」という機能の価値がなくなるわけではないことを示唆している。
地方誘客も「目的地検索」から「旅行者の意図」へ
生成AIによる検索の変化は、日本が課題とする地方誘客にも影響する。
政府は2026年3月に決定した第5次「観光立国推進基本計画」で、2030年の訪日外国人旅行者数6000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円の目標を維持するとともに、地方誘客の促進や新技術の活用を政策の柱に位置付けている。
ウォーターズ氏は、日本が6000万人を受け入れるには東京、京都、大阪など既存の主要観光地だけでは難しく、旅行者の行き先を多様化する必要があるとの認識を示した。シュミット氏も、生成AIが旅行者の「意図」を理解することが地方分散の重要な手段になると指摘する。
旅行者自身が日本の地方都市を知らなくても、「静かな場所」「自然」「伝統的な旅館」「食」といった希望を起点に検索すれば、そのニーズを満たす地方の旅行先を提示できる可能性がある。目的地名を知っていることを前提とした従来型検索とは異なる送客経路が生まれることになる。
「AIから見えない観光地は、旅行者からも見えなくなる」
一方、生成AI時代には、地域側にも新たな対応が求められる。
三菱総合研究所AIイノベーション推進室長の比屋根一雄氏は、旅行の入口から滞在中、旅行後までAIが関与する未来像を提示した。自身が京都旅行で生成AIを活用した経験を紹介し、旅行前の旅程作成だけではなく、現地で雨が降るなど状況が変化するたびにAIが旅程を組み替え、その場所に応じた飲食店や見どころを提案することに大きな可能性を感じたという。その上で地域や宿泊事業者に対し、「AIに読ませる」「AIに売らせる」「AIを使って回遊させる」という対応の必要性を指摘した。
特に強調したのが、情報発信のあり方だ。 「AIから見えない観光地になってしまったら、それは旅行者からも見えなくなる」
比屋根氏は、宿泊施設やDMOなどが地域固有の魅力を言語化・映像化するとともに、情報をリッチかつタイムリーに提供する必要があるとした。予約だけでなく、変更やキャンセルまでAIから扱える環境を整えることも重要だという。同時に、AIそのものが地域の価値を作るわけではないとも強調した。おもてなし、食、文化など、その土地にしかない価値をまず明確にし、それをデジタル上で理解可能な形にすることが出発点になるとの考えだ。
宿泊施設の「個性」もAIが拾う時代へ
生成AIは、宿泊施設側の商品訴求にも変化をもたらしそうだ。会場の宿泊事業者から、自社施設の個性や魅力を価格以外で旅行者に伝える方法について質問を受けたウォーターズ氏は、これまでBooking.comでは旅行者が比較しやすいよう構造化された情報を重視してきたと説明した。
施設ごとに表示方法や説明を大幅に変えるとコンバージョンが低下するケースもあり、標準化された情報と施設独自の魅力を両立させる難しさがあったという。しかしAI時代には「コンテンツは静的ではなくなる」とした。
旅行者が自然言語で求める体験を伝えれば、その内容から興味・関心を読み取り、施設が持つニッチな特徴やレビューなどと照合できる。従来の画一的な検索結果から、旅行者ごとに異なる施設の魅力を提示する方向へ進む可能性がある。
シュミット氏も、施設から提供される情報にユーザーレビューや外部データなどを組み合わせ、旅行者の意図に応じて動的に情報を提示していく考えを示した。また宿泊事業者側に対しても、生成AIを通じてBooking.comが持つデータをより利用しやすくし、例として「特定の月の需要を増やすには次に何をすべきか」といった質問に対して推奨策を提示するという。
AI時代、旅行流通の価値は「検索」から「信頼」へ
Booking.comがサミット当日に公表した「Travel Happiness Index」でも、日本の旅行者の82%が、信頼できるプラットフォームを通じて予約することで安心して旅行を計画できると回答した。また、55%が検索エンジンや予約プラットフォーム、AIなどにより選択肢を探し、比較しやすくなったとしている。
一方、同社とStatistaが実施した日本の宿泊事業者調査では、84%がオフシーズンの集客確保にデジタルプラットフォームが効果的と回答。AIについても、不正防止やサイバーセキュリティーなどへの期待が示されている。
今回のセッションでは、生成AIの活用が旅行先の検討や検索にとどまらず、予約や決済、旅行中のサポートなどにも広がっていく可能性が示された。生成AIの活用範囲が旅行計画から予約、現地での支援へ広がるなか、旅行商品・サービスの提供や情報発信のあり方が今後どのように変化するかが注目される。
情報提供 トラベルビジョン(https://www.travelvision.jp/)