「日本の方が見学するのはどうですかね? 嫌な思いをするかもしれませんよ」。中国東北地方、旧満洲・ハルビンの旅行会社の窓口でこう言われた。訪れようとしていたのは、人体実験を行った旧日本陸軍の731部隊陳列館だった。このアドバイスが分からないでもないが、はるばるハルビンまで来た以上、ここは外せないと同行の日本人の友人と話し、予定通り行ってみることにした。
陳列館はハルビン駅近くのホテルからタクシーで30分ほど。車内では2人とも口数が少なくなり、館内では日本語での会話は控えようと取り決めた。陳列館につくと、平日の午前10時過ぎにもかかわらず長蛇の列だった。入場無料だが、パスポートを見せねばならなかったし、日本語の音声ガイドを借りる必要があった。この手続きで日本人であることは分かってしまう。もっとも、街中を歩いたり、食堂や土産物店に入ったりすると、服装や立ち振る舞いから、日本人と分かるらしく、「コンニチハ」とか「ヤスイヨ、ヤスイヨ」と声を掛けられることもあるから、心配しても無駄だった。
入場は全く問題なかった。陳列館の設置意義に続いて、展示室を移動するたびに音声ガイドがいかに残虐非道な行為が繰り広げられたかが流暢な日本語で流れた。関係した日本陸軍の指揮命令系統、731などの部隊名や将校の氏名に続き、人体実験に用いた顕微鏡やメス、チフスやコレラなど病原菌の噴霧器などが並べられている。
人体実験を再現した動画の衝撃
私は時間を経るに連れ、展示物を撮影するのをためらうようになった。重苦しい気分になったからだ。とりわけ、抗日活動をしていた中国人らを捕らえて細菌感染の人体実験や極寒の季節に屋外に捕虜を放置し、凍傷の進行具合を調査する様子を紹介する展示には言葉を失った。こうした人体実験の被験者はマルタと呼ばれていることは日本にいる時から知っていた。メディアなどの報道で見聞きしていたものの、被験者を草原に立てた2㍍ほどの杭に縛り付け、細菌を浴びせる再現動画は最大の衝撃だった。
どのような動機でこのような研究・実験が行われたのか。これからの戦闘では細菌兵器が重要な戦力になるため、日本もその研究に注力しなくてはならないと考えた陸軍関係者がいたからだという。そのためには、日本国内で実験するより最果ての地で行うのが差し障りがないとして、この地を選んだといわれている。

さらに展示は続く。1945年8月の第二次大戦終戦後、関係した軍医や医療関係者が日本に帰国して、どのような地位についたかを、氏名と肩書が壁一面のパネルに掲示されている。ある者は大学医学部教授に就き、別の者は病院長など重要なポストに収まっている。ちなみに彼らの多くが戦犯にならなかったのは、戦争終了後、アメリカが細菌兵器の研究開発をするため、この部隊の研究情報を得ようとして、関係者を帰国させ尋問したからだとの説明も音声ガイドで流れた。
また、関係した数人の人間が噛み締めるような口調でインタビューに答え、生々しい仕事の内容を明らかにした動画も流れている。終戦と同時に、日本の関東軍の命令で施設を破壊し、資料や器具を焼却したのだが、その1部は処分が間に合わず中国側に押収され、それが並んでいる。
入館してから約1時間強、何とも言えない落ち込んだ気持ちのまま陳列館を後にした。