紋屋は、4階建て・2階建て・離れ3棟という建物構成になっています。しかし、先代が建てた建物にはエレベーターがありません。そのため、高齢者やおみ足が不自由な方、あるいは妊婦さんにはご不便をかけてしまうので、積極的にアプローチはしてきませんでした。ところが、そんな状況をご承知の上で、高齢者やマタニティーのお客様はいらっしゃいます。
人と人との温もり・・・おもてなしの宿
なんでだろうと不思議に思っていたのですが、ある日のアンケートに「赤ちゃん連れにやさしい宿は、高齢者にもやさしいだろうと思った」と書かれてありました。また、他のアンケートには、娘さんから同じ理由で勧められたともありました。
高齢者にとっては設備上の条件はもちろんですが、それと同じくらい「人と人との温もり」のようなものも重視されているのです。紋屋の企業理念は、『心やさしいおもてなしの宿として、お客様にとって忘れられない宿になります』というものです。
どこまで実現できているかは分かりませんが、少なくともそういう“空気感”をお客様に感じ取っていただけたとすれば、とてもありがたいことだと思います。
誰もが、大きなお風呂に入りたい・・・それを具現化する!
ある時、かなり大きな障害児を連れたお客様がいらっしゃいました。お部屋にお風呂は付いていたものの、介護があるので広めの貸切風呂をご予約されたのでしょう。紋屋には貸切風呂が2室ありますが、3Fなのでどうなさるのかと思っていたら、その大きなお子さまをお姫様抱っこの状態で3階まで登って行かれました。
その後ろ姿は強烈に心に残りました。なんとかして差し上げられないものか……。
当時、老朽化して使用していない小さなお風呂がありました。それを改修して家族風呂として提供しようと思いいたりましたが、面積的に車椅子で入れるようなバリアフリーのお風呂はできません。それでも浴室の床を畳張りにしたり、手すりを何か所も設けたり、ベンチ状のエプロンから横移動すれば跨がなくても湯船に入れるようにしたりといろいろ創意工夫を重ね、要介護レベルは無理でも、要支援レベルの方ならご家族でご利用いただけるお風呂になりました。
その後、車椅子のお客様がいらっしゃると、そのお客様は旅先でお風呂に入ったことが無かったそうです。それを聞いた女将は、「バリアフリーのお風呂ではありませんが、ご家族の多少のお手伝いがあればご利用できると思いますよ」とお伝えしたところ、ご入浴でき「初めて旅館で温泉に入れました!」と喜んでいただけたそうです。
少し先の「未来予想図」
他方、マタニティーのお客様はちょっと事情が違いました。身重で階段の上り下りは難儀だろうとマタニティ―プランは作らなかったのです。それでも、それを押してお越しになるお客様がいらっしゃいます。思い切ってその理由を伺ってみました。
すると、高齢者同様、「妊婦にもやさしいのだろう」と思ったというお声のほかに、最近の妊婦さんは、「運動のために階段の上り下り」を勧められているそうです。それ故、エレベーターが無くても問題ないとか。
さらに、おっしゃっていたことに唸りました。曰く「数か月から数年後の、自分たちの家族旅行の姿を垣間見れるから」と。他の方の赤ちゃん連れを見ながら、ご自身たちの赤ちゃん連れ旅行に思いを馳せていたのですね。
旅館にお泊りいただくのは、社会的貢献・・・
高齢者にしてもマタニティーにしても、こちらが勝手に遠慮していました。しかし、お客様の方が利用動機を見つけられてお越しになっていたのです。
逆に言うと、旅行動機を見つけて提案して差し上げることは、ただ単に販売促進のためだけでなく、社会的に意義のあることではないかと思い始めました。
次回は、そんな取り組みについてご紹介して最終回とさせていただきます。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=171
(紋屋のホームページは、こちらです) https://www.monya.co.jp
寄稿者 高尾憲資(たかお・けんすけ) 季粋の宿 紋屋 代表取締役社長