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共創のフードツーリズム 第3回 海女小屋はちまんかまど ~世界が注目!現役の海女が活躍する体験施設~

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 全国各地から、地域の「食」の担い手たちが、さまざまなプレイヤーと共に創りあげるフードツーリズムの最新事例をご紹介します。「食」の消費にとどまらない持続可能なフードツーリズムのあり方のヒントがあるかもしれません。

海女について

 海女漁は、海女と呼ばれる女性が素潜りで海産物を採る伝統的な漁法です。その歴史は古く、縄文時代の鳥羽市の遺跡からアワビの貝殻が出土していることから、少なくとも2000年以上前から海女漁が存在していたといわれています。

 しかし、海女の数は高齢化によって年々減少の一途をたどっており、全国でもっとも多くの海女がいるという三重県においても、2022年の調査では514人(鳥羽市373人、志摩市141人)となっています。1949年の調査では6109人(鳥羽市3115人、志摩市2994人)、2007年の調査でも1081人(鳥羽市601人、志摩市480人)の海女がいたことが分かっており、73年間で9割以上、ここ15年間でも半数以下の数になっています(海女の数は、鳥羽市立海の博物館より)。

 海女漁が盛んな鳥羽・志摩地域では、海女が採った海産物は、伊勢神宮に「神饌」として奉納されるほか、海女を中心とした祭りが今も継承されているなど、地域の文化、風習、信仰とも密接に関わりあっています。

三重県鳥羽・志摩地域と海女

 三重県鳥羽・志摩地域では、海女文化を守り、そして後世につなげるために、海女文化を文化遺産として保護、活用をする取り組みが広がっています。2017年に「鳥羽・志摩の海女漁の技術」が国重要無形民俗文化財に指定され、「鳥羽・志摩の海女漁業と真珠養殖業」が日本農業遺産に認定されました。

 さらに、2019年には、三重県鳥羽市と志摩市が合同で申請を行っていた「海女(Ama)に出逢えるまち鳥羽・志摩~素潜り漁に生きる女性たち」が日本遺産に認定されました。日本遺産は、文化庁が「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリー」を認定するものです。地域では、海女をツーリズムの分野において活用していく取り組みが見られています。

 鳥羽市観光協会では「海女さん応援企画プラン~海女さんと出会う旅~」という宿泊プランを実施しています。このプランで、対象の宿泊施設に泊まると、宿泊費の1%が寄付され、集まった寄付金で海女の後継者育成やアワビ・サザエの稚貝放流など海女文化の維持に活用されています。

 現地には、海女文化に由来、関連するスポットも数多くあります。鳥羽市相差地区の神名神社にある「石神さん」は、海女たちが豊漁と安全を祈願し続けた場所です。現在はパワースポットとしても人気が急上昇、お守りには、海女たちが海に入るときに、身に着けるものに記す格子状のドーマン、海の安全を祈願する魔除けとして用いられているセーマンが記されています。

 三重県鳥羽・志摩地域では、海女文化を後世に残すべき大切な遺産と位置付けながら、その活用を通してツーリズムを推進させていることがわかります。その代表的なスポットが海女小屋「はちまんかまど」です。

世界中から旅行者が訪れる海女小屋「はちまんかまど」
世界中から旅行者が訪れる海女小屋「はちまんかまど」

海女小屋「はちまんかまど」

 海女小屋「はちまんかまど」は、古くから多くの海女が活躍する鳥羽市相差地区にある観光体験型施設です。代表取締役社長の野村一弘によれば、その開業は2004年で、きっかけは、海女小屋を見たいという海外からの旅行者への対応によるものであったそうです。野村氏の母も現役の海女であり、母の協力を得て、地域の海女たちと協力をして旅行者を受け入れるようになりました。

 旅行者は、囲炉裏を囲むように配置された部屋の外周にある座席に案内されます。そして、旅行者の前に「はちまんかまど」の主役である海女が現れ、海女漁の話や海女の暮らしぶりなどを直接話してくれたりしながら、目の前で手焼きをしてくれた魚介類を楽しむことができるのです。基本的にはコースメニューとなっており、時間や量に応じた多彩なプランが用意されています。

現役の海女との対話は貴重な体験に

 カジュアルな「Tea Time(おやつ)海女小屋体験コース」が50分間で大人2800円、食事がわりとしても十分に満足できる「海女小屋料理体験コース」は、サザエ3個、ヒオウギ貝3個、大アサリ、干物、小皿、伊勢海老汁にご飯がついて、1時間15分で大人4500円となっています。ほかにもとことん、「はちまんかまど」を満足できるセレブコースなど、旅行プランに合わせた組み合わせが可能です。

代表の野村氏と新鮮な魚介類を手焼きする海女

 いずれのコースでも、海女たちとの会話を存分に楽しみながら、地域に綿々とつながる海女文化を全身で感じることができます。さらにはオプションで、海女の正装である「磯着」を身に着ける体験や、全国でも珍しい「熨斗づくり体験」などを楽しむことも可能です。現在では、「はちまんかまど」を訪れる半数以上が外国人旅行者となっており、香港、タイ、マレーシア、台湾、シンガポールなどから、海女との触れ合いと求めて多くの旅行者が訪れる世界が注目するスポットなのです。

共創のポイント

 海女小屋は元々がプライベートな空間であったこともあり、開業当初には批判的な意見も少なからずあったといいます。しかし、現役の海女が旅行者の前で接遇する「はちまんかまど」には年々多くの旅行者が訪れるようになり、今や鳥羽・志摩地域の観光を牽引するスポットとして欠かすことができません。さらには、海女文化を後世につなげ、国内外に発信するという貴重な拠点にもなっているのです。

 「はちまんかまど」は、観光体験型施設でありながら、海女が旅行者に接遇する際のマニュアルが存在しません。マニュアルがないことで、海女の性格や背景によっても話す内容やサービスが異なります。「海女は雇用者というより、むしろ共同経営者のつもりである」という野村氏の言葉にすべてが込められています。

 食事をしていると、海女たちが囲炉裏を囲んで、相差音頭(おおさつおんど)という地域に根差した踊りを披露してくれました。そこに旅行者も加わって、一緒になって踊りを楽しみます。この相差音頭が始まったのも海女からの発案であり、訪れたお客様にもっと海女のことを知ってもらいたい、という思いが発端だったそうです。

海女と旅行者が一緒に踊る相差音頭は海女の発案

 施設に設置された「感想ノート」には世界中から訪れた旅行者から、海女に対する労い、海女文化の継続を期待するコメントがたくさん見られました。しかし、冒頭に述べた通り、海女の数は急速に減少しています。ツーリズムから、海女の担い手をいかに発掘することができるのか、官民一体となった今後の取り組みが期待されます。

寄稿者 青木洋高(あおき・ようこう)㈱JTBパブリッシング 交流プロデュース部マネージャー(食マーケティング事業統括)

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