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ガストロノミーツーリズムの今 ~世界で何が起きているか、どう進んでいくのか?UNWTO国際フォーラムから~

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 多くの外国人旅行客が日本で楽しみたいものとして食をあげているのは周知の事実であり、各地域でそれぞれの食や食文化の魅力を伝え、体験していただくさまざまな取り組みを行っている。しかしながら、食や食文化に関する取り組みは、日本に限らず世界的な大きな潮流であり、国連世界観光機関(以下、UNWTO)は早くからガストロノミーツーリズムのもつ本質性、大きな成長の可能性に着目していた。地域全体の持続可能な発展につながることから、一過性のブームに終わらせないためにも、他にもさまざまなツーリズムの形態がある中で、ガストロノミーツーリズムに特化した国際フォーラムや、ガイドラインやグローバルレポートなどの形で提供し、認知と普及に努めてきた。

 ガストロノミーを美食と捉え、ガストロノミーツーリズムは美食旅と評されることも多いが、無論、まずいものは誰もわざわざ訪れて食べる気にもならないだろうが、単なる美食旅ではなく、【その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、その土地の食文化に触れることを目的としたツーリズム】としていることは、筆者の第1回目の寄稿でも触れた通りである。

 昨年2022年12月には、奈良で第7回の国際フォーラムが開催され、ガストロノミーツーリズムの推進が女性のエンパワーメント、若い才能を開かせ、環境の持続可能性を促進する手段であると同時に、観光地の信頼性とアイデンティティを保護する手段でもあることが強調された。

第8回UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラム in スペイン・サンセバスチャン

 UNWTOが主催する本フォーラムは、今年で8回目を迎え、彼らの理論的支柱でもあるバスクカリナリーセンター(以下、BCC)との共催で、BCCのお膝元、誰もがいちど訪れてみたい食の街、スペイン・サンセバスチャンにて本年10月5~7日の日程で開催され、筆者も現地に飛んだ。BCCは、サンセバスチャンやビルバオといった食の宝庫を抱えるバスク州政府が、食や観光による地域振興を担う人材を教育によってサポートする視点から産業界の支援も得て設立された、大学院も併設された専門大学である。本フォーラムは、コロナ禍を除き、サンセバスチャンと世界各地にて交互に開催されてきた。今回のフォーラムには50カ国から約300人が参加した。わが国からは前回大会の開催地である奈良県から来られた2人の他は、筆者を含めて日本人は4人であった(1人は国連食糧機関@ローマから)。

 筆者はUNWTOと共同でわが国のガストロノミーツーリズムに関するレポートをまとめた経緯もあり、これまで6回出席した。うち2回は登壇し、日本の事例を発表する機会に恵まれた。主催者以外では最多出席者とのことで(UNWTO談)、わが国の強みであるガストロノミーツーリズムが世界的にどのように深化し進んでいこうとしているか紹介したい。

国際フォーラムの様子(UNWTO公式ページより引用)
国際フォーラムの様子(UNWTO公式ページより引用)

バリューチェーンの構築に向けた「Back to the roots」

 UNWTOがガストロノミーツーリズムを推進するに当たり、当初より重要視し、推奨しているのはバリューチェーンの構築である。食材の生産者(水産や農林事業者)から、伝統的な食材(食文化)がレシピとなり(きちんと保全され)、料理や食材としてリリースされ、効果的なプロモーションによって伝統的食品として販売され、来訪者を受け入れ、レストランやホテルで供していく流れを指す。訪問客の増により地域社会にお金が落ち、雇用が確保され、持続可能な地域社会の発展とともに食文化の継承につながる一気通貫かつ循環型経済の仕組みにもなっている。

参考 我が国のガストロノミーツーリズム調査報告2018年(日本語版)より
   日本語版 UNWTO駐日事務所、日本観光振興協会、(株)ぐるなび

 このバリューチェーンを強固なものにしていくためには、生産者や、食の担い手、提供するホスピタリティ事業者、旅行事業者の関与は無論のこと、UNWTOでは女性のエンパワーメント、教育、ITなどを駆使した正しいストーリーテリングなどの整備の重要性も説いている。今回のフォーラムのハイレベルセッションでも、ブリガリアやジンバブエの観光大臣からはガストロノミーツーリズムが女性の社会進出やコミュニティに大きな役割を担っていること、女性が主役でもある点も提起された。地域の持続可能性、アイデンティの確立のために世界知的所有権機構(WIPO 国連機関)から、GI(地理的表示保護制度)による地域の食や食文化の保護の実態についての紹介もあった。

 今回のフォーラムでは、このバリューチェーンの上流に焦点をあて、「Back to the roots」と題し、食の生産者である農や水産事業者と観光との結びつきを強化する重要性を掘り下げる試みがなされた。ポルトガルのシェフからポルトガル全体で、改めて料理人が産地に出向き、地域の風土や文化を学び、料理人同士も交流し新たな創造値を生み出す姿を見事な映像とプレゼンテーションで紹介された。

Matéria Project (https://www.projectomateria.pt/sobre

 この説明を聞き、わが国においても金沢で17世紀からの加賀前田藩の中荷物御用を祖業とする老舗料亭旅館・浅田屋の社長である浅田久太氏が長年取り組む料理人の交流事業が思い浮かんだ。浅田氏の発想は豊かで、わが国にとどまらず、ニューヨークとのトップシェフ達との交流(双方で往来)を長年実施してこられ、これが生産者との連帯や、新たな創造値を生み出している。他府県が感化され似たような動きをされていると聞いており、このような場でわが国の好事例をもっと知らしめるべきと痛感した。

観光管理が農林水産業に大きく影響

 そして、本フォーラムで最も重要性として強く訴えられたのは、農林水産業との正しい関わり合いが、生物多様性の保全や、食品廃棄物の削減、循環型社会、生態系の全体的な健全性にも貢献するという視点である。言い方を変えると、観光がきちんと管理されないと農林水産業への悪影響を生み出し、却って地球環境破壊を加速化しかねない負のドライバーへ成り下がる危険性を、UNWTO自らが警鐘をならした。そのため、セッションでは長い時間を割き、国連ファミリーである世界農業機関(FAO)や国連環境計画(UNEP)も動員して参加者に理解を促した。食による持続可能性を強く推奨する一方で、観光業の与える悪影響にも警鐘を鳴らす点は、まさに国連機関の真骨頂かもしれない。なお、今に始まった話ではなく、2017年に開催されたフォーラムでも環境経済の世界的権威であるスウェーデンのゴズリング教授が基調講演で同様に警鐘を鳴らしていたが、今回は大きく踏み込んだといえよう。

 その中で、全世界のフードシステムが世界の温室効果ガスの34%を占め、人間が消費するために生産された食料のおよそ1/3が廃棄され、その額が1兆ドルにも上ること、居住可能地の約50%と飲用可能な水の約70%が食料生産に当てられており(家畜の生育や飼料(穀類など)の生産も含む)、こうして生産された食料が収穫後、市場に届くまでに14%失われ、流通・消費時点でさらに17%が廃棄されている実態だそうだ。加えて観光サービス産業では全体の食品廃棄の約26%、1人あたり1年間32kgになるとのこと。こうしたなか、UNWTOはUNEPの協力のもと、観光業のための食品廃棄物削減のグローバルロードマップを策定した。UNWTOの取り組みは本気である。SDGsともしっかり連動している。

 こうした真摯な問題提起や事例発表、意見交換がなされたが、会議場を出ればそこはサンセバスチャン、10月でもまだ海水浴が楽しめるほど温暖でピンチョスバルから高級店までひしめく街の日常があった。また筆者はサンセバスチャン市政府に勤務する長年の友人から同氏が所属するガストロノミックソサエティ(料理クラブ)に招かれ、同氏が自ら調理した料理に舌鼓を打った。古くて狭いが100年余の歴史があり、市内だけで100前後もあるそう。サンセバスチャンが地域の住民からプロの料理人までまさに食の街であることを再認識した瞬間でもあった。

ガストロノミックソサエティ
ガストロノミックソサエティ
サンセバスチャンの街並み
サンセバスチャンの街並み
サンセバスチャンの全景
サンセバスチャンの全景

寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員

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