実はこのシリーズ、ミュージック・ツーリズムで完結するつもりであった。だが今回は急遽、ライブなニュースに動かされ、予定を変更することにした。「孤独のグルメ」の映画と出会ってしまったからだ。
世代の合うリズム感「孤独のグルメ」
ドラマ「孤独のグルメ」の主役、松重豊は、長崎生まれ、福岡を故郷とする私と同学年の俳優である。下積みが長く、バイプレーヤーとして知られた松重を一躍、有名にしたこの番組は、2012年の放映開始以来、10のシーズンとスペシャルを積み重ねてきた。東京近郊の店が多いが、ときどき地方にも遠征し、最近は海外展開もしている。
実は私がこの番組のとりこになったのは最近である。いま月曜から木曜までテレビ東京系列のテレビ北海道で毎日18時前からすべてのシリーズが再放送されている。この時間帯、私はフィットネスクラブで走りながら観ることが多く、魅了されていく。いまではすべて録画し、休日に見たことのない回を楽しみに視聴する。静かな番組なので、日中、仕事をしながらバックで流しチラ見するのにぴったり。一度、倍速再生してみたが、この番組は早送りでみてもつまらない。あのゆったりした独自のリズム感が命だからだ。
酒場グルメも、良い感じだ!「吉田類の酒場放浪記」
同時期にBSを見ていてファンになったのが、「吉田類の酒場放浪記」。こちらはTBSで月曜の21時から1時間弱。これも録画してストックしている。この番組は晩酌向け。とくに夜、面白い番組がないときに流す。吉田さんと一緒に酒を飲むという手あいだ。
この番組、実は構成がちょっと似ている。最初にちょっとした寸劇があり、その後、メインが続く。松重は酒が飲めない設定なので食事の店を探す。吉田さんは酒がメインで飲み屋を巡る。酒場放浪記も東京中心だがたまに遠征がある。人吉の回などはびっくりした。「孤独のグルメ」で吉田さんが松重と遭遇するシーンなどもぐっとくる。
この2つの番組、いまや大晦日の看板となり、特番を延々とやる。私はこれを録画して正月に見る。正月のたいくつな番組より、ずっとずっと楽しい。
映画版は、五島列島がロケ地に
で、本題に戻る。「孤独のグルメ」映画版である。松重が監督と主役をやるという。見たいと思ったが、まあ、そのうちテレビで観れると腰は重かった。だが偶然が私を映画へといざなう。
国境離島の研究も手掛ける私は実は、上五島(正確には新上五島町)に行ったことがなかった。いま長崎に暮らし、長崎大学でも仕事をしているのだから、一度は行かねばならない。そう思って、年明け早々、スケジュールを組んだ。佐世保の友人と相談し、佐世保から船で入ることにした。佐世保から、というのは理由がある。そう、例の「空の大怪獣ラドン」の聖地、鹿町炭鉱跡(阿蘇の炭鉱と称して撮影した場所)を見たかったからだ。
境界地域ネットワークJAPANの加盟組織のひとつに五島市がある。最近、市長が替わったし、最近、島に行っていない。五島市、福江島にも足を運ぼうと考えた。そこで上五島から福江島に移動するプランをつくったのだが、せっかくだから、同じ五島市に属する奈留島にも立ち寄ることにした。
それにしても、映画館を探そう!
奈留島に着いてびっくりした。島中に映画「孤独のグルメ」のポスターやら、松重の等身大の写真やらが飾ってある。え、この映画って、五島市がタイアップしてたの。福江島の堂崎教会のシーンもあるが、基本的に舞台は奈留島である。アテンドしてくれた五島市の職員が、映画の撮影場所をいろいろ案内してくれる。私は映画をすぐに見なければならないと思った。
出張が多く、なかなか空き時間がない。やっと見つけた隙間時間。私は映画を富山で見ることができた。お客さんは私を入れて5-6人。平日の午後だからなあ。でもネットではヒット作とあり、いろいろなニュースがとりあげている。五島市の友人から、もうすぐ松重が五島にきて上映会(五島市には映画館がないらしい)とスピーチをするときいた。彼が奈留島でちゃんぽんを食うシーンがすばらしい。彼は、自分の味覚が長崎、そして福岡の北部九州で作られたと言っている。番組では「エソ」が登場する。こんな魚の名前、長崎以外で知っている人がどれくらいいるだろう。
地元住民も納得するものだったのだろう
幻のスープを求めた彼の旅は、波乱万丈。最初は映画で見るほどではないと感じていたが、五島から韓国へ漂着するあたりから、映画ならではのスケールを感じていく。なかなか面白い。五島市の人が言った。奈留島での撮影に出演しているたちは役者ではない。すべて地元の人だったという。
私は「Dr.コトー診療所」を紹介したとき、エキストラで与那国の人たちが出演して、最初は喜んでいたけど、最後は嫌になったという話を以前、書いたことがある。松重が監督なら、そんなことにはならないのだろうな、と想像した。きっと地元に寄り添うような撮影をしたのではないかと。
https://www.asahi.com/articles/AST1S0J4FT1STOLB005M.html
https://news.yahoo.co.jp/articles/535c19c98d4d1c0aa425416ff7d2144b3959ea4c
分断されている五島列島の今
それにしても、上五島と五島のつながりのなさに驚いた。例えば、佐世保からの船は中通島の北部、有川港につく。だが奈留島経由で福江港にいく船は、若松島の若松港からしか出ない。問題は、2つのまちを結ぶ公共交通機関が限られていることだ。新上五島町の方が案内してくださらなかったら、移動にとても苦労しただろう(改めてお礼を申し上げたい)。そして五島市の方にきいても、上五島との交流は乏しいという。いったいなぜなのだろうか?
私たちは五島列島とひとくくりにする。だがいまの五島市は、一市(福江)五町が合併してできたもので、(五輪教会で有名な)久賀島と奈留島などにまたがる行政区分であり、新上五島町もすでにのべた2つの島の4町が一緒になったものだ。当時、上五島町があり、それに「新」がつくかたちで名前が決着した(役場は同じ青方にある)。だが「五島列島」というとき、その北にある小値賀島と宇久島も入る。とはいえ、小値賀島は独自に町を維持する一方、宇久島は佐世保市の一部だ。
五島探訪は、これから・・・
いったい五島とは何なのだろう? 考えれば考えるほど難しい。そういえば、有名な五島うどんも、もともとは上五島が発祥の地だそうだ。上五島で連れて行ってもらった、うどんは格別だった。謎を解くべく、3月、佐世保の友人たちと宇久島と小値賀島を訪問する。私の五島探訪は始まったばかりだ。誰か五島に詳しい人がいたら、ぜひ、ご教授願いたい。
シネマ・ツーリズムの奥もなかなか深い。
(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=20
寄稿者 岩下明裕(いわした・あきひろ)
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授 兼 長崎大学グローバルリスク研究センター長