近年、世界中で高まるサイクリングツーリズムへの注目。特に、コロナ禍を経て「分散型観光」や「持続可能な観光」への関心が高まる中、自転車が持つ可能性はこれまで以上に広がっています。では、日本の地域がこの潮流を捉え、インバウンドサイクリストを効果的に誘致するためには何が必要でしょうか。
この問いに答えるヒントとして、欧州サイクリスト連盟(ECF)をはじめとする機関が発表した「State of the Cycling Tour Operators Industry (2024)」レポートが示唆に富むデータを提供しています 。この最新の業界レポートを読み解きながら、日本の観光業界が注力すべきE-バイク市場の可能性、そしてサイクリングを通じて地域の魅力や「風土(人々の営み)」を再発見する新たなインバウンド戦略について考察していきます。
E-バイクがサイクリング市場にもたらす変革

「State of the Cycling Tour Operators Industry (2024)」レポートによると、E-バイクは市場に非常に急速に浸透しており 、特にヨーロッパではツアーオペレーターの72%が顧客の少なくとも25%でE-バイクを使用していると報告しています 。全体で見ても、回答者の64%が顧客の少なくとも25%がE-バイクを使用していると答えています 。これは、E-バイクがサイクリストの層を大幅に広げていることを明確に示しています。
従来のサイクリングでは、ある程度の体力と経験が必要とされ、それが参加へのハードルとなることもありました。しかし、E-バイクの登場により、坂道も楽に上れるようになり、長距離移動もより快適に。これにより、これまでサイクリングとは縁がなかった高齢者層、家族連れ、あるいは普段運動をしない層まで、幅広い人々が気軽にサイクリングを楽しめるようになりました。

日本の地域資源をE-バイクで巡る、新たな旅の形
このE-バイクの特性は、日本のインバウンド誘致において非常に大きな強みとなります。欧州のサイクリングツアーでは、旅行中に「町や村を訪れる」(83%)、「自然の場所を訪れる」(68%)、「博物館、城、その他の史跡を訪れる」(57%)といった活動が人気であることが報告されています 。これは、サイクリングが単なる移動手段ではなく、その土地の文化、歴史、自然に触れる「体験」と強く結びついていることを示唆しています 。

日本の多岐にわたる地域資源は、まさにE-バイクを活用した体験型サイクリングツアーに最適です。
- 隠れた名所巡り: 交通の便が悪く、これまでアクセスが難しかった集落や、坂道の多い山間部の美しい景色も、E-バイクがあれば快適に巡ることが可能です。これにより、地域の埋もれていた観光資源を「発見」し、新たな魅力を提供できます。
- 歴史・文化体験: 城下町や宿場町など、歴史ある日本の町並みをE-バイクでゆっくりと散策。ガイド付きツアーであれば、より深く地域の物語に触れることができ、サイクリストにとって忘れがたい体験となるでしょう。E-バイクの利用が多様なフィットネスレベルの顧客に対応できるため、より多くの人が文化体験に参加しやすくなります 。
- 豊かな自然を満喫: 国立公園や里山、海岸線など、日本の多様な自然景観をE-バイクで巡るツアーは、欧米からのサイクリストにとって大きな魅力となります。
風土の再生と地域経済の活性化へ:E-バイクと「人々の営み」の融合
レポートでは、「ワインセラーを訪れる、またはその他の地元の産物を試飲する」(54%)、「レストランまたはその他の美食の場所を訪れる」(52%)といったアクティビティもサイクリングツアーの人気活動として挙げられています 。これは、サイクリングと「食」だけでなく、その背景にある「風土(人々の営み)」の組み合わせが非常に効果的であることを示唆しています。

E-バイクを活用することで、日本の地域特有の「風土」の魅力を最大限に引き出すツーリズムを展開できます。
- 生産現場への訪問と交流: 地域の農園や漁港、伝統工芸の工房などをE-バイクで訪れ、生産者や職人の方々と触れ合うことで、その土地に根ざした人々の暮らしや文化を肌で感じることができます。サイクリングでしか行けないような場所にある小さな工房や、隠れた農家を巡り、そこでしか体験できない「風土の物語」を提供することで、地域経済の活性化に貢献できます。
- 里山・里海の恵みとその背景: サイクリングでしか感じられない風や香り、音の中で、その土地ならではの山海の恵み(例えば、伝統的な製法で作られた味噌や醤油、地酒など)を堪能する。道の駅や地元の市場に立ち寄り、特産品をE-バイクの積載量を気にせず購入できるのも、E-バイクならではの利点です。これは、単なる消費ではなく、その土地の気候や歴史が育んだ「食文化」とその背景にある「営み」を体験することに繋がります。
- 地域に根ざした生活文化の体験: 地元の人々と交流しながら、郷土料理づくりを体験したり、古民家で伝統的な生活様式に触れたりすることで、より深い日本文化への理解を促します。これは、サイクリングが「ゆっくりとしたペースで、地域文化や環境との深い交流を促す持続可能な体験」であるというレポートの結論とも合致します 。
今後の展望と日本が取り組むべきこと
E-バイクの普及は、サイクリングツーリズムをより多くの人々にとって身近なものとし、日本の地域資源と風土を最大限に活用する絶好の機会を提供します。この新たな市場を最大限に活かすためには、以下の点が重要となるでしょう。
- E-バイク対応のインフラ整備: 充電ステーションの設置、レンタル拠点の拡充、故障時のサポート体制など、E-バイク利用者が安心して旅を楽しめる環境づくりが不可欠です 。
- 多言語対応と情報発信: 海外からのサイクリスト向けに、E-バイクの利用方法、ルート情報、地域の魅力などを多言語で発信するウェブサイトやアプリの充実が求められます。
- 地域連携と体験型コンテンツの開発: 自治体、観光協会、地元住民、事業者などが連携し、E-バイクを活用したユニークな体験型ツアーや地域独自の風土体験コンテンツを開発することが、持続的な誘致に繋がります。
E-バイクが切り拓く新たなサイクリング市場は、日本の観光産業に大きな成長をもたらす可能性を秘めています 。地域の埋もれた魅力を再発見し、人々の営みから生まれる風土を再生し、持続可能な地域経済を築くための強力なツールとして、E-バイクの可能性を最大限に引き出す取り組みが今、求められています 。
寄稿者 西川佳克(にしかわ・よしかつ)東京山側DMC