サイクリングだけじゃない!日本の地域資源を活かした「非サイクリング」体験が拓く風土の可能性
インバウンドサイクリストの誘致戦略を考える際、私たちはともすれば「最高のサイクリングルート」や「高性能な自転車」といった「サイクリングそのもの」にばかり目を向けがちです。しかし、「State of the Cycling Tour Operators Industry (2024)」レポートは、サイクリストが旅に求めるものが、単にペダルを漕ぐことだけではないことを明確に示しています。この視点こそが、日本の多様な地域資源と「風土(人々の営み)」を活かし、他にはない体験型サイクリングツアーを創出する鍵となります。
サイクリストが旅に求める「+α」:欧米の人気アクティビティから見えてくること

レポートによると、サイクリングツアー中に最も人気のある活動は、「町や村の訪問」(83%)でした。これに続き、「自然の場所の訪問」(68%)、「博物館、城、その他の史跡の訪問」(57%)といった、サイクリング以外の活動が高い人気を博しています。さらに、「ワインセラーを訪れる、またはその他の地元の産物を試飲する」(54%)、「レストランまたはその他の美食の場所を訪れる」(52%)といった食に関する体験も半数以上のサイクリストに選ばれています。水泳/ビーチ訪問(25%)やボートトリップ(20%)といった水辺のアクティビティも一定の需要があります。
これらのデータが示唆するのは、欧米のサイクリストが求めているのは、「自転車に乗ることを通じて、その地域の文化、歴史、自然、そして人々の生活に深く触れること」だということです。彼らにとってサイクリングは、目的地へと効率的に移動するための手段であると同時に、地域との接点を生み出す「ツール」なのです。
日本のユニークな地域資源を「非サイクリング」体験として組み込む
この「非サイクリング」への需要は、日本の地域にとって大きなチャンスです。日本各地には、その土地ならではの豊かな自然、古くからの伝統文化、そして地域に根ざした人々の温かい営みが「風土」として息づいています。これらをサイクリングと組み合わせることで、単なる「景色を見て走る」ツアーに終わらない、記憶に残る体験を提供できます。
例えば、
- 「生活文化に触れる里山サイクリング」:
美しい里山をE-バイクで巡りながら、茅葺き屋根の古民家で囲炉裏を囲んでの昼食体験、地元のおばあちゃんから伝わる昔ながらの漬物づくり体験、あるいは収穫期の農作業を手伝うといった、地域住民とのインタラクションを重視したプログラムです。これはまさに、レポートが示す「町や村の訪問」や「美食の場所訪問」の深い形であり、人々の営みから生まれる「風土」を肌で感じる機会となります。 - 「歴史と精神を巡る古道サイクリング」:
修験道の山道や、かつての宿場町が残る旧街道をE-バイクで進み、その土地の歴史や信仰にまつわる物語をガイドと共に紐解きます。途中で地域の小さな寺社を訪れ、住職の話を聞いたり、精進料理を味わったりするのも良いでしょう。サイクリングという身体活動を通じて、日本の精神文化や歴史的背景を深く理解できるユニークなツアーです。 - 「五感を刺激する漁村・港町サイクリング」:
海沿いの漁村や港町を巡りながら、早朝の漁港で水揚げを見学したり、地元漁師から話を聞いたりするプログラム。とれたての魚介類を地元で味わうだけでなく、干物づくり体験や、昔ながらの漁具を使ったクラフト体験などを通じて、その土地の「海の風土」に触れることができます。水辺のアクティビティへの需要(ボートトリップなど)も取り入れ、フェリーで島に渡り、島のサイクリングを楽しむといった多様な移動手段も組み合わせられます。

地域創生と風土再生への波及効果
このような「非サイクリング」体験を組み込むことは、以下のような多角的な視点から、地域創生と風土再生に貢献します。
- 観光客の消費行動の多様化:
サイクリング以外の体験に参加することで、地域の様々な事業者(飲食店、宿泊施設、体験施設、伝統工芸品店など)に経済効果が波及します。これにより、単なる通過点だった地域が「滞在拠点」となり、より多くの消費が生まれます。 - 地域文化の再評価と継承:
サイクリストが地域の伝統や文化に触れることで、地元住民が自分たちの地域の価値を再認識するきっかけとなります。外部からの評価は、若者世代が地域に残る文化を継承する動機付けとなり、埋もれていた「風土」が再び息吹を取り戻すことに繋がります。 - 住民との交流を通じた温かい関係性構築:
「ゆっくりとしたペースで、地域文化や環境との深い交流を促す」サイクリングツーリズムは、地域住民との自然な交流を生み出します。サイクリストが単なる「お客様」ではなく、「地域に興味を持ち、共に体験を楽しむ仲間」となることで、より温かい関係性が構築され、リピーター獲得や口コミによる誘致にも繋がります。
日本の各地に眠る豊かな「非サイクリング」資源は、インバウンドサイクリストにとってかけがえのない魅力となり得ます。サイクリングを「移動手段」としてだけでなく、地域の「風土」を深く掘り下げ、人々と交流するための「入口」と捉えることで、日本のサイクリングツーリズムはさらなる進化を遂げ、地域に持続可能な活力を与えることができるでしょう。
寄稿者:東京山側DMC 地域創生マチヅクリ事業部