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【体験レポート】「龍神の渓流」が秘める東京の新たな観光資源:フライフィッシング体験が示す里山アドベンチャートラベルの可能性

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東京都心からほど近い奥多摩の秘境、あきる野市養沢で、インバウンド富裕層をターゲットにしたフライフィッシングのモニターツアーが開催された。このツアーは、アドベンチャートラベル(AT)の重要な要素である「豊かな自然との触れ合い」「地域の多層的な文化体験」「身体的活動」「深い学びと成長」を高度に満たすものであり、地域の持続可能な観光モデルを構築する可能性を示すものだった。フライフィッシング世界選手権日本代表経験者という稀有なガイドとともに、参加者は「龍神の渓流」と呼ばれる養沢の、歴史と自然が織りなす奥深い世界を体験した。

渓流に響く、期待のざわめき:日常から非日常への入り口

フライフィッシング世界選手権(WFFC)の日本代表、師岡龍也氏

ツアー当日、JR武蔵五日市駅から専用車両で養沢の谷へ向かう道は、次第に深まる自然の懐へと誘うようだった。参加者は、これから始まる未知の体験への期待と、都会の喧騒から離れた静寂に包まれる高揚感に満ちていた。案内役を務めるのは、フライフィッシング世界選手権(WFFC)の日本代表という異色の経歴を持つ師岡龍也氏。彼の「まず、川の声を聴いてみてください」という第一声は、このツアーが単なるレクリエーションではなく、自然との対話であることの示唆だった。この言葉は、参加者たちの意識を瞬時に非日常へと切り替えさせた。

欺瞞の芸術と里山の物語:知的好奇心を刺激するプログラム

プログラムは、養沢の歴史を紐解くガイド解説から始まった。かつてこの地で栄えた和紙作りや養蚕といった伝統産業が衰退し、里山が危機に瀕していた過去、そしてその里山に新たな命を吹き込んだ「養沢毛鉤専用釣場」の創設者、トーマス・ブレイクモアの物語が語られた。アメリカ人弁護士であったブレイクモア氏の情熱が、地域住民の協力と結実し、日本のフライフィッシング発祥の地となった歴史は、単なる釣り場に留まらない、地域の文化的遺産としての重要性を明確にした。この歴史的背景を知ることで、参加者は目の前の渓流が持つ意味をより深く理解できた。

午前の部は、フライタイイング(毛鉤作り)体験だ。ガイドは、釣り場で魚が捕食している昆虫に毛鉤を合わせる「マッチ・ザ・ハッチ」の重要性を説明。「毛鉤作りは昆虫の完璧なレプリカではなく、その『生命の印象』を捉える『欺瞞の芸術』である」という哲学的な解説は、参加者の知的好奇心を強く刺激した。繊細な作業に参加者からは「難しい」という声も聞かれたが、「自分の中で、もっと針っちゃくしたら釣れるかなとか、やりだすと作りたくなってくる」といった、創造性を掻き立てられる感想も聞かれた。

フライタイイング(毛鉤作り)体験

川との対話:身体と精神が一体となる瞬間

地元のマス料理を堪能した昼食後、いよいよ実釣体験が始まった。ガイドによる流麗なキャスティングのデモンストレーションは、まさに「身体と竿、そしてラインが一体となる舞踏」であり、参加者はその優雅な動きに見入った。参加者はキャスティングの基本を実践的に学び、水しぶきと岩が織りなす「川の言葉」を読み解くことの重要性を知った。養沢の渓流は入渓のための階段が整備されており、初心者でも安心して川と向き合えることが確認できた。

この体験で、フライフィッシングの本質が競争ではなく、自然との交感にあることが強調された。キャッチ&リリースの徹底は、魚を「奪う対象」ではなく「対話の相手」として捉える哲学を参加者全員で共有するきっかけとなった。釣果に依らない体験への満足度が高く、「ちょうど良い時間配分で、もう一度来たい」という声は、リピーター創出の可能性を強く示唆している。

養沢が示す未来:アドベンチャートラベルと地域創生の融合

ツアーの終盤、参加者は養沢神社を訪れた。拝殿を護る一対の巨大な龍の像、そして「養沢」という地名が日本武尊の伝説に由来するという物語は、この地が古来より「龍神が守り、日本武尊を癒した聖なる領域」であることを参加者に印象づけた。フライフィッシングは、単なるレジャーに留まらず、歴史、生態学、芸術、そして精神性を自らの身体を通して探求する道程へと昇華されたのだ。

このモニターツアーは、フライフィッシングという専門性の高いアクティビティに、地域の歴史や文化、そして伝説という物語性を深く融合させることで、唯一無二の価値を生み出している。都心からのアクセスの良さ、世界選手権日本代表という確かな専門性、「フライフィッシング日本発祥の地」という歴史的背景など、養沢の持つポテンシャルは計り知れない。

今後は、東京の高級ホテルのコンシェルジュを通じた富裕層向けプロモーションなど、特定のチャネルに特化したマーケティングが重要となるだろう。少人数制、高価格帯で質の高いサービスを提供し、収益を地域に還元する仕組みを確立することで、養沢のフライフィッシングは持続可能で質の高い観光モデルを構築し、東京の新たなアドベンチャートラベルの象徴となることが期待される。

寄稿者:東京山側DMC 地域創生マチヅクリ事業部

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