9月17日、八王子観光コンベンション協会は、アクセシブルツーリズム専門家の渕山氏を講師に迎え、セミナーを開催した。障害のある人や高齢者など、誰もが旅を楽しめる社会の実現に向け、国内外の豊富な事例を交えながら、八王子地域で何ができるかを考える機会となった。本記事では、その要点を報告する。
アクセシブルツーリズムが拓く新たな可能性

セミナー冒頭、渕山氏は「アクセシブルツーリズム」と「ユニバーサルツーリズム」はほぼ同義であると解説した。前者は東京都が使用し海外でも通用する言葉、後者は観光庁が推進する言葉である。これらは、高齢や障害などを理由に旅行を諦めている層にアプローチする、極めて重要な考え方である。
渕山氏は、この分野に巨大な潜在市場が眠っていると指摘する。ある調査では、大阪・関西万博の無料招待企画500組に対し2万6000組以上の応募が殺到したという。氏は、70歳を機に旅行から離れる高齢者が旅を継続できる環境が整えば、新たに5000億円の市場が生まれる可能性があると分析した。
固定観念を打ち破る、国内外の感動事例

セミナーでは、参加者の心を揺さぶる数々のツアー事例が紹介された。これらは、事業者側の「できない」という思い込みを覆すものばかりである。
自然体験のバリアフリー化
- 高尾山での車椅子トレッキング東京都の事業として、人力で牽引・補助するアタッチメント「JINRIKI®」を車椅子に装着し、高尾山のトレッキングを実施。砂利道や階段さえも乗り越え、自然を満喫する体験を実現した。
- 秋川でのバリアフリーサップ障害のある子どもでも楽しめるよう工夫されたサップ(SUP)や、川辺で釣りを楽しむ「チェアリング・フィッシング」を実施。参加した家族から大きな喜びの声が上がった。
「やってみたい」を叶える価値創造型ツアー
圧巻だったのは、全盲の女性の「車を運転してみたい」という一言から始まったプロジェクトだ。5年の歳月を経て、サーキットでの運転体験ツアーとして商品化。1泊2日で10万円という高価格にもかかわらず即日完売し、20回以上参加するリピーターもいるという。「これだけの体験ができるなら安い」という参加者の声は、価格以上の価値を提供することの重要性を示している。
ほかにも、176段の階段がある寺院を含む四国八十八箇所巡礼ツアーや、東日本大震災の半年後に車椅子40台を含む200名で松島を訪れた復興支援ツアーなど、参加者の強い思いと周囲の協力が一体となって実現した感動的な事例が語られた。
事業者が今日から始められる第一歩

渕山氏は、アクセシブルツーリズムへの取り組みは、大規模な投資だけではないと強調する。事業者がすぐに実践できる具体的なヒントが示された。
- 「ハード」より「ハート」の発想高価な改修工事が難しくても、必要なときだけ設置する簡易スロープや、弱視の人が認識しやすい色のコントラスト(例:白い壁に黒いドア)など、小さな配慮から始めることが可能である。
- 「できない」と決めつけない姿勢一口に車椅子といっても、電動で重量があるものから子ども用の軽いものまでさまざまである。 1 聴覚障害のある人とのコミュニケーションも、筆談やスマートフォンの音声入力で対応できる。多様な障害への理解と、工夫しようとする姿勢が重要だ。
- 身近な人から考えるまずは自身の祖父母など、身近な人を想像し「何が必要か」を考えることが第一歩となる。いきなり100点を目指すのではなく、10から始めて改善を重ねていく姿勢が大切である。
国も後押しする重要戦略へ

この動きは、国も強力に後押ししている。観光庁の令和8年度概算要求では、「ユニバーサルツーリズムの促進に向けた環境整備」に関する予算が前年度比13.33%増と突出している。渕山氏はこれを「国がこの分野をいかに重要視しているかを示す強いメッセージだ」と解説した。
寄稿者:東京山側DMC 地域創生マチヅクリ事業部