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平成芭蕉の「令和の旅指南」㉘ スサノオの神話とたたら製鉄

1コメント

出雲國たたら風土記~鉄づくり千年が生んだ物語

出雲風土記の神話と「たたら製鉄」

「民謡安来節」で知られる安来の観光と言えば、足立美術館や月山富田城が主流ですが、島根県の歴史を考えれば、出雲風土記や古事記に記された出雲神話の世界も忘れてはならないでしょう。すなわち、素戔嗚(スサノオ)のヤマタノオロチ退治神話と斐伊川に息づいてきた鉄の文化「たたら製鉄」です。

現在も伝承地が点在し、各地で舞われる神楽が神代の世界を伝え、この神話に登場するヤマタノオロチを、砂鉄採取の影響で氾濫する斐伊川になぞらえ、退治したオロチから取り出された剣を製鉄の象徴に、稲田姫(イナタヒメ)は砂鉄採取の跡地に拓かれた稲田に見立て、「たたら製鉄の歴史」と重ね合わせながら語り継がれています。

この「たたら製鉄」は映画『もののけ姫』の“タタラ場”でのシーンのモデルにもなりましたが、そのストーリーは、「出雲國たたら風土記~鉄づくり千年が生んだ物語」で日本遺産にも認定されています。

鉄づくりの源流と日本刀

私は安来市駅前にある「和鋼博物館」館長よりたたら製鉄について説明を受けましたが、中国山地で営まれてきたこの伝統的な技法は、今でも日本の鉄づくりの源流とされているとのことでした。また、この「和鋼博物館」では、本物の日本刀を実際に持たせてくれますので、たたらの鋼(はがね)を直に感じることができます。

私はかつて現代の刀匠、藤安将平(ふじやすまさひら)氏に、「日本刀の切れ味の秘密」や名刀についてのお話をお伺いするべく、福島県の鍛錬所「将平鍛刀場」を訪ねましたが、その際、藤安刀匠は日本刀の切れ味の秘密は「たたら吹き」にあり、日本人の心の拠り所であった日本刀の原点はたたらの玉鋼(たまはがね)であるとおっしゃっていました。

玉鋼を造り出すたたらの「鉧押し(けらおし)」工程で、砂鉄と炭を交互に入れる3昼夜通しの操業は、炎との格闘であり、従事する人々を支えるのは誠意と真心だそうです。火をよみ、風をよみ、砂鉄の煮える音をよみながら、命なきものと人間の対話の果てに鉄の「鉧(けら)」が誕生し、日本刀の原料となるのです。

『たたら』の総合博物館「和鋼博物館」
『たたら』の総合博物館「和鋼博物館」

奥出雲の「鉄穴(かんな)流し」と棚田

日本遺産に認定された「出雲國たたら風土記 」の世界ですが、奥出雲では、約1400年前から「たたら製鉄」と呼ばれる砂鉄と木炭を用いる鉄づくりが盛んでした。そして、この奥出雲の大地では、鉄づくりの原料となる砂鉄を得るため、砂鉄を含む山を切り崩して水流に流し、比重を利用して選り分けて採取する「鉄穴(かんな)流し」が行われていました。

しかし、その跡地は放置されることなく広大な棚田として再生されおり、美味しい仁多米(にたまい)の産地であるこの奥出雲の棚田は、砂鉄を採るために切り崩した山の跡地だったのです。

また、その棚田の中には、鎮守の杜や墓地など神聖な場所は削らずに残した小山(鉄穴残丘)があちらこちらに残っており、鉱山開発にあたっても信仰を守り続けた先人の心を伝えています。

さらに、木炭を得るため、森林は大規模に伐採されましたが、森林を伐りつくさないよう約30年周期の輪伐を繰り返し、循環利用されたと言われています。

奥出雲の棚田と「鉄穴残丘」
奥出雲の棚田と「鉄穴残丘」

松江藩の財政を支えた「鉄師御三家」

「和鋼博物館」でたたら製鉄について学んだ後、私は江戸時代に松江藩の財政を支えたとされる絲原、櫻井、田部家という「鉄師御三家」を訪ねました。

最初に訪れたのは大谷の絲原(いとはら)家で、16代の絲原丈嗣さんに記念館を案内していただきました。往時を彷彿させる館は国重要文化財に指定されており、藩主の本陣として利用された客殿棟と広大な客間を持つ母屋だけでなく、池泉回遊式の出雲流庭園も見事です。

「鉄師御三家」の絲原家
「鉄師御三家」の絲原家

次に訪れた櫻井家は屋号を「可部屋(かべや)」と称し、著名な茶人であった松平不昧公ご来訪の折、6代当主が造らせた日本庭園「岩浪(がんろう)の庭」が有名です。可部屋集成館にはたたら関連資料だけでなく、櫻井家の美術工芸品や松平藩主の調度品も展示されています。

田部家を中心に発展した「鉄の歴史村」雲南市吉田町では、整然と並ぶ白壁の土蔵群が往時の威光を伝え、有力者が暮らした石畳の敷かれた本町通り、鉄の加工場や職人の長屋などが機能的に配置されています。

櫻井家の「可部屋集成館」
櫻井家の「可部屋集成館」

たたらの聖地「菅谷たたら山内」

この吉田川沿いに開けた田部家の企業城下町は、山側には寺社が点在しており、その北に生産拠点であった菅谷たたらが位置しています。この「菅谷たたら高殿」は、日本で唯一残るものとして国の重要有形民俗文化財に指定されており、押立(おしたて)柱4本を軸とする広い空間の中央には土で炉が築かれています。

かつてこの地はたたらに従事する人々の長屋なども立ち並び、まさに映画『もののけ姫』の中に登場するたたらの「山内」を形成していました。「山内」は、たたら製鉄の従事者だけで構成される小規模の鉱山町で、桂の木をご神木とする鉄づくりの神「金屋子神(かなやごかみ)」を祀り、住居と製鉄施設を構えていました。

このようにたたらの鉄師たちは、町から離れた清流沿いの谷あいに独立した山内集落をつくることによって、その技術を継承していました。すなわち、「山内」を中心に原料と燃料を継続的に入手し、“人”と“自然”とが共生する持続可能な産業として「たたら製鉄」を守ってきたのです。

菅谷たたら高殿内の「製鉄炉」と「鞴(ふいご)」

※メインビジュアルは、菅谷たたら山内高殿の前に立つ平成芭蕉

寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事

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  1. 菅野孝彦
    いいね!:0

    この環境から荒神谷遺跡の鉄剣が生まれた訳ですね。

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