観光を学ぶ女子大生から見た日本の観光
ごきげんよう。跡見学園女子大学の磯田萌絵です。今回は、JTBパブリッシングの盛崎宏行社長にインタビューし、同社の原点からデジタル戦略、そして“観光メディアの役割”までを掘り下げました。
100年に渡って旅や交通情報の図書を出版し続け、るるぶシリーズでギネス記録にも認定され、創刊50周年を迎えた同社は、いま「情報が人を動かす」力をどう捉え、何を次の価値として育てているのか。圧倒的な歴史とノウハウを持つ同社の、いま改めて考える「観光メディアの役割」に迫ります。
(2025年12月26日、JTBパブリッシング本社にて)
「起」:企業の原点と現在地
創刊50周年の節目に見つめ直す、るるぶの価値観と原点
磯田 昨年「るるぶ」は創刊50周年を迎えられました。旅行専門の出版社として長い歴史と実績を築かれ、100年の歴史がある「JTB時刻表」は今も旅のバイブルとして親しまれています。企業理念には「価値ある情報を提供し続ける」と掲げられていますが、特に大切にしている価値観についてお聞かせください。
盛崎 私たちの経営理念の中心は「信頼される価値ある情報を提供し続ける」ことです。価値ある情報を届けるのは、単に知識を増やすためではありません。情報が、誰かの迷いをほどき、次の一歩を踏み出す力になる。そのために編集し、届けることを大切にしてきました。
「るるぶ」は50年以上前、社会進出が進む女性たちの〝旅する背中を押したい〟という思いから誕生しています。「見る・食べる・遊ぶ」に役立つ情報でまずワクワクしてもらう。そして、旅に出るときに情報不足などためらってしまう要因があれば、不安を解消する情報を提供して背中を押す。信頼される情報によって、行動のきっかけをつくることが、私たちの価値だと考えています。
磯田 ワクワクする情報と同じくらい、不安を減らしてくれる情報が大切だというお話が、とても印象に残りました。旅に行く前の迷いがほどけたとき、人は自然と一歩を踏み出せるのではないでしょうか。
AIによって進化する、一人ひとりに寄り添う旅のかたち
磯田 授業でも、生成AIを活用して個人の志向や行動データから、パーソナライズされた旅行プランを提案する「AIエージェント型旅行検索」について学びました。こうした技術によって、一人ひとりに最適な旅の提案や、新たな観光地の発見を後押しすることは、どの程度現実的になっていくとお考えでしょうか。展望もあわせてお聞かせください。
盛崎 すでに少しずつ現実になっています。AIによって、個人に最適な情報が細かくセグメントされていく時代です。検索行動や閲覧行動が積み重なることで、「この人は何を求めているのか」がより精緻に見えてくる。次に何かを探したとき、AIが最適な情報をレコメンドすることで、欲しい情報にたどり着くまでの時間は短くなっていきます。
ここで重要なのが「コンテンツ」と「コンテキスト(文脈)」です。キーワードの羅列ではなく、自然言語=文脈で検索する時代ですから、その文脈を正しく理解できるかどうかがプラットフォームの価値を左右します。
そして、その土台にあるのは良質なコンテンツです。コンテンツに触れることで、ユーザー自身の「自分は何を求めているのか」という思考が整理され、ニーズの精度が上がっていく。AIとコンテンツが組み合わさることで、そのスピードと精度は格段に高まります。だからこそ、AI時代は良質なコンテンツとコンテキストを併せ持つ企業の出番でもあると考えています。
磯田 検索が便利になるほど、答えの質がより大切になるというお話が印象に残りました。AIが進化していく中で、信頼できる一次情報や編集の価値は、これからさらに高まっていくのではないでしょうか。

「承」事業戦略とメディアの進化
スマホ時代に広がる、るるぶの新しい役割
磯田 2024年4月に全国200冊以上の「るるぶ情報版」の厳選特集記事を無料で読める情報アプリ「るるぶ+」をリリースされてから約20カ月が経ちました。反響や手応え、今後の課題について教えてください。また「JTB本体の宿泊予約サイト」とは別に展開されている「るるぶトラベル」は、出版事業やデジタル戦略全体の中でどのような位置づけなのでしょうか。
盛崎 現在、自社メディアは「るるぶ+」とターゲティングメディア「るるぶ&more.」「るるぶKids」を合わせて月間約350万アクション、年間では約1億PVに達しています。最大の成果は、「るるぶ」にスマートフォン上で触れていただく機会が圧倒的に増えたことです。
従来は「旅行が決まってからガイドブックを1冊買う」という関係が中心でしたが、いまは無料で触れられることで、検討段階からユーザーとの接点が広がり、「何を調べ、どんな順番で情報に触れ、どう意思決定していくか」という行動データが継続的に蓄積されるようになりました。
マーケティングの観点でも、検討段階の行動が分かれば、その導線上に商品やサービスを置くことで新しい価値が生まれます。いまは、まず多くの方に使っていただきデータを蓄積する段階で、将来的には新たなビジネス展開につなげていきたいと考えています。
磯田 紙と比べて、デジタルでは圧倒的に多くの人とつながれるというお話が印象に残りました。旅が決まる前の段階から関われることで、情報の役割も少しずつ変わってきているように思います。
コロナ禍をきっかけに変わった旅と、旅行雑誌のこれから
磯田 旅行雑誌は、旅先情報の発信にとどまらず、新しい旅のスタイルを提案する役割も求められていると感じます。コロナ禍を経て価値観がさらに多様化する中で、観光メディアとして注目しているニーズや課題意識、そして今後の旅行雑誌の進化について教えてください。
盛崎 コロナ禍をきっかけに、価値観の変化とデジタル化が一気に加速しました。推し活や学びなどのテーマもそうですが、単にコンテンツを増やすより「ユーザーとの接点をどう広げるか」を重視した転換が大きかったと思います。
旅のスタイルもローカル志向へ動き、近場の魅力を見直す流れが強まりました。そうした中で、市町村単位で地域を紹介するシリーズなど、自分の町が載っているという体験そのものが価値になるような企画も生まれています。
また私たちは、旅を「最短距離で移動すること」とは考えていません。最短ルートの外側にある、寄り道や偶然の出会い、物語こそが旅の豊かさであり、ガイドブックが伝えるべき価値だと思っています。
磯田 SNSで目的地に一直線に向かう旅も成立する一方で、途中の物語を知ることで旅が深くなる。その編集こそが、観光メディアの役割なのですね。
「食」を入口に広がる、リアルメディアとしての新たな挑戦
磯田 エリアプロモーションとしてリアルメディア「るるぶキッチン」を展開されています。紙やウェブに続いて、体験の場となるリアルメディアを手がけることには、どのような意味や狙いがあるのでしょうか。
盛崎 「るるぶキッチン」は、私たちにとって飲食店であり、同時にメディアの位置づけでもあります。編集者が現地で見つけた食材や食文化を集め、「るるぶ」がおすすめする形でメニュー化し、東京などの都市部で提供する。まず味わってもらい、食材のファン、地域のファンをつくり、「続きは現地で」という流れを生み出すのがコンセプトです。
食はオンラインでは完結できません。味わい、香り、空間を体験する。だからこそリアルなメディアとしての価値がある。通常の誌面では取り上げにくい小さな地域や、まだ知られていない食文化も含め、知って・食べて・好きになって・現地へ、という循環をつくっていきたいと考えています。
磯田 「ゼロからイチのスイッチを押す場所」という表現が印象に残りました。旅に行く前から好きが生まれることで、自然と現地に行ってみたくなるのだと思います。そのきっかけを東京でつくるという考え方は、情報メディアならではの体験づくりだと感じました。
JTBグループのネットワークを生かした、協働の取り組み
磯田 JTBパブリッシング様はJTBグループの一員ですが、グループだからこその強みをどうお考えでしょうか。協働している事業やプロジェクトの具体例も教えてください。
盛崎 JTBグループは全国に拠点があり、地域の課題やニーズを拾い上げる力があります。自治体の課題をJTBが整理し、私たちが編集・制作で形にする。特別編集版のガイド制作などは、その役割分担で進むことが多いです。
加えて、私たちはデジタルを中心に多くのユーザー接点を持っている。旅に興味を持ち始めた人、行き先を検討している人、テーマや趣味から旅に関心を持った人を、旅行会社や地域へつないでいく入口になれるのは大きな強みです。
また、安心・安全な旅の情報を伝える面でもグループの地域ネットワークを生かし、信頼できる事業者紹介など、編集に反映している例があります。
磯田 「地域課題の解決」と「圧倒的な接点」という二つの強みが、同じ線上でつながっていることが新鮮でした。旅の検討段階から伴走し、安心・安全も含めて行動できる状態をつくっていく。JTBグループの総合力が、観光メディアの価値を押し上げているのだと実感しました。

「転」:社長の原点と会社のこれから
ワクワクと行動のきっかけを生み続けるために、その先の展望
磯田 2028年のビジョンとして「デジタルベースでの情報・コンテンツを基盤に、旅行・ライフスタイルに関する幅広く有用な革新的サービス・商品を提供し続ける」と掲げておられます。その先に見据える展望、中長期的なビジョンについてもお聞かせください。
盛崎 変わらず持ち続けたいのは「ワクワク」と「行動のきっかけ」です。そのうえで、「企画編集力」がいっそう重要になります。キーワードを並べるだけではAIに勝てませんが、AIはあくまでツール。人にとって本当に有効な形に編集して届けることが大切です。
もう一つは「共創」です。旅はきっかけと準備の連続で、服、カバン、決済など多様な領域が関わります。すべてを自社だけで完結するのではなく、各分野の企業が強みを持ち寄って個人のニーズを満たす世界が、AIの進展でより現実的になる。ライフスタイル領域においては私たちは、その中心になりえると考えています。
磯田 資本提携だけが成長の道ではなく、強み同士を掛け合わせる共創でも広がっていく。この視点は、私の中で大きな学びでした。「旅」は多くの人に歓迎されるテーマだからこそ、連携のハブになれる可能性があることを大いに感じます。
旅と情報が人生を動かした瞬間、盛崎社長の原点にある経験
磯田 盛崎社長がJTBに入社された動機や、旅や情報の力を実感したご経験があれば教えてください。
盛崎 学生時代の留学経験から、グローバルに仕事がしたいと思いJTBを選びました。国内外の添乗業務では、想定外のトラブルも起こります。そこで痛感するのは、旅の「楽しさ」を支える土台に、常に「安心・安全」があるということです。
一方で、旅先で偶然出会う感動体験は、その後の人生にも残り続ける。旅は人の感情を動かし、世界の見え方を変える力があると感じています。
磯田 旅の価値は非日常の楽しさだけではなく、その裏側の支えがあって初めて成立するという視点が、メディアの編集にもつながっているのですね。
行動を生み出す判断の軸と、人生を変えた転機
磯田 盛崎社長が大切にしている考え方や判断の軸、そして「大きな転機だった」と感じる出来事や印象に残る決断があれば教えてください。
盛崎 転機はEコマースに関わったことです。オンラインでは、施策に対してその反応が早く定量的に計測できること、そしてそのデータに基づいた導線設計や見せ方で成果が大きく変わることを体感しました。この経験を通じて、私にとって“データが語る事実”こそが判断の軸になりました。感覚や経験則だけではなく、データが指し示す方向に耳を傾けることで、より確度の高い戦略を描けるようになったと感じています。

「結」:業界、若い世代へのメッセージ
これからの時代に求める人材像と、学生のうちに身につけてほしい力
磯田 これからの時代、どのような人材と一緒に仕事をしていきたいとお考えでしょうか。学生のうちに身につけるとよい力や姿勢、採用で重視している点も教えてください。
盛崎 チャレンジし、応援し合い、楽しみ、ワクワクし、ブランドを誇り、そして最後に行動できる人と働きたいです。日頃から社員との会議や議論の最後に「で、どうする?」と問うようにしています。アイデアや議論を行動に落とし、まず一歩を踏み出す。行動のきっかけを自分でつくることを、強く意識してほしいと思います。
採用では、その人がどんな経験をしてきて、それをどう表現できているかを見ています。企業が選ぶというより、お互いに選び合うマッチングだと思っていますので、短い時間でも、その人のパーソナリティに触れられる質問を大事にしています。
磯田 応援するためにも、相手を知る必要がある。採用を「共感の場」と捉える考え方は、学生としても救われる視点でした。
変化の時代を生きる若い世代へ、期待とエール
磯田 旅行を取り巻く環境が大きく変化する中、業界全体の価値向上がより求められていると感じます。観光・旅行・出版・メディアを目指す若い世代に期待する役割、メッセージやエールをお願いします。
盛崎 テクノロジーは「使う側」に回ることです。AIに仕事を奪われるのではなく、AIを使いこなす人が、使えない人との差を広げていく。これはAIに限らず、テクノロジー全般に言えると思います。
皆さんは“デジタル”も“SDGs”も特別なものではなく、生活のなかの“あたりまえ”として自然に受け入れながら育ってきた世代です。会社に入った瞬間からデジタルやSDGsの課題解決においては中心的な役割を担う存在になれるはずです。自分の生活の中で「これ便利だ」と思う感覚を、仕事に持ち込んで形にしてほしい。変化に適応する力こそが、これからの時代を生きる武器になると思います。
磯田 「新入社員だから下」ではなく、「入った瞬間から主役」という言葉は、背中を押されました。私自身、AIや新しい技術に尻込みしてしまうこともありますが、使う側に回る意識を持って、今後は学びを行動に変えていきます。
終わりに
JTBパブリッシング様の話を通じて、観光メディアの役割は「情報を届けること」だけではなく、旅の不安を解消し、ワクワクを生み、行動へつなぐ設計にあるのだと実感しました。
紙、デジタル、リアルの手段は変わっても、信頼される情報で人の背中を押すという軸はぶれない。その一貫性こそが、100年を越えてなお、同社が旅の入口であり続ける理由なのだと思います。

寄稿者 磯田萌絵(いそだ・もえ)跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部 篠原ゼミ 4年