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平成芭蕉の「令和の旅指南」㉟ 「東海道中膝栗毛」に描かれた東海道の旅

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 日本初「旅ブーム」を起こした弥次さん喜多さん、駿州の旅 ~滑稽本と浮世絵が描く東海道旅のガイドブック(道中記)~

旧東海道の日本遺産 「旅ブーム」を起こした弥次さん喜多さん、駿州の旅

最近の「歴史街道を歩く旅」でも人気を博している旧東海道ですが、2020年には静岡県藤枝市・静岡市の旧東海道に関する歴史・文化をまとめたストーリー「日本初『旅ブーム』を起こした弥次(やじ)さん喜多(きた)さん、駿州の旅」が日本遺産に認定されました。

岡部宿での弥次さん喜多さん
岡部宿での弥次さん喜多さん

旧東海道が整備されたのは、徳川家康が関ヶ原合戦に勝利した翌年の慶長6年(1601)でした。そして、将軍綱吉の元禄年間(1688~1704)になると農村での生産拡大と都市商人の台頭による経済活動の活発化によって旅が大衆化し、街道では参勤交代の大名行列だけでなく、一般人の往来が増え、今日でいう庶民の旅が活発化しました。

この旅ブームの火付け役となったのは、十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』と歌川広重の描いた「東海道五拾三次」の浮世絵でした。江戸時代の後期に葛飾北斎は「冨嶽三十六景」を描き、東海道の道々から富士山が美しく見える景色、名所絵を残し、それがきっかけとなり、歌川広重が「東海道五拾三次」を描きました。

この浮世絵は、それまでには無かった大判サイズで、保永堂版「東海道五拾三次」の序文に「まのあたりそこに行たらむここちにさせられて」とあるように、日本橋から京都三条大橋まで実際に旅行したように感じさせる、まさに「ガイドブックの原典」でした。

東海道朝刊名所絵図で巡る
東海道 鳥瞰名所絵図で巡る藤枝

歌川広重の「東海道五拾三次」と十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』

かつての旧東海道宿場町の面影を残す由比宿の本陣跡は、現在、由比本陣公園となっていますが、その中には東海道由比宿交流館と浮世絵師・歌川広重の名を冠した日本で最初の「東海道広重美術館」があり、数多くの広重の浮世絵を楽しむことができます。

由比本陣公園
由比本陣公園

1833年(天保4年)の「保永堂版東海道五拾三次」の成功は、浮世絵界における広重の名を不動のものにしましたが、この作品では宿場の年中行事、名所旧跡に旅の風俗も加えて各宿場の特徴がわかりやすく紹介されており、大衆に受け入れやすく描かれています。

一方『東海道中膝栗毛』は、1802年(享和2年)から1814年(文化11年)にかけて初刷りされた十返舎一九の滑稽本で、「栗毛」とは栗色の馬を指し、「膝栗毛」は自分の膝を馬の代わりに使う徒歩旅行のことを意味します。

この弥次郎兵衛と喜多八、つなげて『弥次喜多』の旅道中物語は、文学的な価値とともに、挿絵が多く挿入されているので、江戸時代の旅の実状を記録する貴重な資料でもあります。 

主人公が府中(静岡市葵区)出身の弥次さんと江尻(静岡市清水区)出身の喜多さんで、作者の十返舎一九も静岡市出身のため、駿府城公園の堀沿いには「東海道中膝栗毛」刊行200周年を記念して造られた弥次さん(左)喜多さん(右)像がベンチに座って佇んでいます。

旧東海道沿いの名所「薩埵(さった)峠」

この弥次喜多像以外にも静岡市と藤枝市の旧東海道沿いには、浮世絵や滑稽本に描かれた風景や建物などが数多く残り、地域の歴史や文化として今日に引き継がれています。中でも弥次喜多も宿泊した岡部宿の大旅籠「柏屋」は、当時の旅籠の様子を見ることができる貴重な歴史資料館となっており、地元の酒蔵の酒粕を使った甘酒や柏餅などの軽食が楽しめる「物産館かしばや」や、蔵を改装したカフェも併設されています。

岡部宿の大旅籠「柏屋」
岡部宿の大旅籠「柏屋」

風景では由比宿に近い「薩埵(さった)峠」が有名ですが、ここでは浮世絵に描かれた富士が今も同じ場所から見渡すことができます。薩埵峠は鎌倉時代に、由比の倉沢の海から引き揚げられた地蔵菩薩をこの山に祀ったという故事から命名され、富士を崖越しに望む絶景で知られています。

さった峠からの富士
さった峠からの富士

広重の浮世絵「東海道五拾参次之内 由井 薩埵嶺」においては峠道を二人の旅人と柴を担ぐ樵夫が行き交っていますが、旅人は駿河湾と富士を見渡す絶景を目の当たりにして感嘆しているように見えます。

しかし、私にとって広重の浮世絵の中でも印象に残る作品は蒲原の「夜之雪」です。なぜなら、蒲原は滅多に雪の降らない温暖な地であるにもかかわらず、静寂に包まれた雪景色で描かれているからです。

これは「東海道五拾三次」という物語の中で多彩性を意図した絵とされていますが、確かに旅の始まりの日本橋では穏やかな大名行列の出発、いくつかの難所を切り抜けて京都に近づくにつれて再び穏やかな街道風景に変化していくという演出を感じます。

蒲原宿と浮世絵「夜之雪」
蒲原宿と浮世絵「夜之雪」

街道を歩く旅の楽しみ 

旧東海道を歩く旅では、路傍の石のように見えるものでも、何か刻まれているとその石が輝き、新たな道標を発見したような気持ちになります。また、ガイドブックや資料に載っていない祠や石仏にもその地域の歴史が隠されており、先人の苦労を語り継ごうとする意識を感じます。

私は「街道」こそ人類の最も素晴らしい創造物の一つだと思います。なぜなら、長い年月を経て人間とともに発展し、人間を助けてその生活の領域を拡大、離れた土地の住民の生活領域と連絡する役割を果たしてきたからです。

街道を歩く旅では人の心や情を感じる機会が多いのですが、この駿州の旅でも歩き疲れた時に人の温かさに接すると、その優しさに心が揺さぶられ、もっと頑張って最後まで歩こうという気持ちになります。これを私たち街道仲間は「アル(歩)中」と呼んでいます。

※サムネイルは、駿府城公園の弥次喜多像と平成芭蕉

寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事

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