学び・つながる観光産業メディア

なぜ、急ぐのか~北陸新幹線・新大阪延伸~全線開業について考える

コメント

 先日、宮崎県日向灘で大きな地震が発生しました。南海トラフ地震の震源域であったために「巨大地震注意」が発せられました。そのため、遠く離れた東海道新幹線も、速度を落として運行していました。

 北陸新幹線の新大阪への延伸は、東海道新幹線のバイパス。万が一の時に、首都圏と関西圏の輸送を途絶えさせないためと言われています。日本経済を正常に動かすために複数の輸送ルートは必須。そのため、リニア中央新幹線とともに、一日も早い開業が望まれるところです。

北陸新幹線「敦賀」延伸

 2024年3月、金沢市から敦賀市まで北陸新幹線は延伸しました。その軌跡は、長野オリンピックを控えた1997年に長野まで開業。そして、2015年に金沢までと徐々に延伸されました。

 これまで、北陸3県は主に関西圏のお客さまが訪れる比率の高い観光地でした。特に、冬場になると「関西の旅行会社のパンフレットが真っ赤」と言われます。すなわち、カニを目的とする旅行商品が店頭に並ぶのです。

越の国の一之宮、気比神宮 日本三大木造鳥居
越の国の一之宮、気比神宮(日本三大木造鳥居)

 しかし、新幹線が金沢に延伸すると、富山・石川両県の観光マーケットを変化させます。関西圏一辺倒から首都圏マーケットが割り込むようになったのです。そして、今般の敦賀開業は、福井県も首都圏マーケットへ編入されたと言っても過言ではありません。それだけ、新幹線というインフラ整備は、その高速性から観光需要だけでなく、ビジネス需要も大変換を起こします。

のどぐろ食べたい

 首都圏在住者が「海鮮に舌鼓を打ちたい」と思うと、ほぼ全員、伊豆半島を目指すと言われます。しかし、某プロテニスプレーヤーが「のどぐろ食べたい」とつぶやくと、一気に状況が変化します。主に日本海側で捕れる白身魚が、太平洋側の赤身魚をしのぐようになるのです。

 また、富山県の宇奈月温泉周辺は、伊豆半島と互角に戦える観光地になることができました。それは、列車に乗って、伊豆半島も宇奈月温泉も、ほぼ同じ所要時間で到着できるようになったことが理由です。そして、旅費もほぼ同額で訪れることができるのです。まさしく、首都圏から白身魚に憧れるお客さまを呼び寄せてくれる最大の武器が北陸新幹線だったのです。

敦賀とは・・・

 さて、この終着駅「敦賀」どのような場所なのでしょうか。

 敦賀は、古代より畿内と北陸道を結ぶ交通の要衝。そして、琵琶湖までの距離は20km程度です。また、街道沿いには気比神宮の門前町が形成されました。現在の敦賀駅から気比神宮までの約2kmは、すべてアーケードが作られているほどです。放映中の大河ドラマでも、平安時代から大陸との結節点と伝えらえていましたね。

奥琵琶湖の風景、敦賀市内から約20キロの場所だ
奥琵琶湖の風景、敦賀市内から約20キロの場所だ(湖西線の車窓より)

 近代になると、アジアヨーロッパへの日本海側の玄関口となります。敦賀駅から港まで鉄路が伸び、そこから大陸への航路が作られました。現在も鉄道や道路の結節点となっています。

 このように、重要港湾である敦賀港は、北海道行きのフェリー定期航路や大韓民国に向かうコンテナ航路が開設されています。そして、古くから有力大名や巨大な寺社の支配を受けなったために、民間主導の商都の性格が強いのも特徴です。

 また、福井県は敦賀の北側に大きな山脈が横たわっているために、嶺南と嶺北という二つの地域に分断されています。そのため、敦賀は、嶺南地域の経済の中心地として、発達してきたのです。

中途半端な距離感

 金沢が終着駅であった頃、関西圏と中京圏からは、在来線の特急列車で行き帰することができました。しかし、敦賀に延伸されたことによって、大きく転機を迎えることとなりました。

 大阪から敦賀は湖西線経由で約80km。また、米原から敦賀は約50kmです。大阪から特急に乗車すると1時間ほどで敦賀に到着します。この中途半端な距離感、敦賀での乗換を余儀なくされるのです。これまで、直通の特急列車が、金沢や富山の各都市に向かってくれていたのです。

 この夏、関西に所用があり、新しくなった敦賀駅を見ようと寄り道をして帰ることにしました。暫定的な終着駅ですから、線路は大阪の方向に延びています。しかし、地形の関係で、新幹線のホームは、かなり高い位置にあります。乗換をスムーズにするために、巨大なコンコースと数多くの改札が設置されています。

 また、北陸新幹線の基本ダイヤは、一時間当たり、速達型の「かがやき」、各駅停車の「はくたか」、そして、在来線特急接続の「つるぎ」という3本が運行されています。しかし、大阪延伸が実現すると「つるぎ」号の必要性は消えます。このような輸送密度を勘案すると、これだけ大きなコンコースは必要ないと感じます。大阪延伸までかなりの時間を要すると、敦賀駅の位置づけも変わります。そう考えると、必要な大きさなのかもしれません。

終着駅は、必ずしも観光地ではない

 さて、敦賀が北陸有数の観光地であれば、下車観光するお客さまも少なくないのでしょう。しかし、敦賀駅周辺には、万人が好む観光コンテンツがたくさんあるわけではありません。

おぼろ昆布の生産量は日本一
おぼろ昆布の生産量は日本一、出来上がった昆布の透け感が素晴らしい!

 アーケード街の一角に出店している「敦賀昆布おぼろや」で、話を聞く機会を得ることができました。

 『敦賀港は北前船の寄港地。北海道から昆布を仕入れ、おぼろ昆布を生産していました。そのため、その生産量は日本一です。新幹線の延伸で、おぼろ昆布体験もできるようにしてみました。また、鉄道敷設に関わる遺構も数多く、それらを目指す方々もいらっしゃいます。昨今、故松本零士氏の「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」のモニュメントが作られました。これらを目当てに訪れる方も増えてきました』と・・・。

敦賀昆布おぼろや https://oboroya.com/

壁のように建つ敦賀駅の新幹線ホーム 故松本零士氏のモニュメントが気比神宮まで続く
壁のように建つ敦賀駅の新幹線ホーム(故松本零士氏のモニュメントが気比神宮まで続く)

 しかし、敦賀は経済中心の町です。そのため、宿泊施設も観光目的とするものがほとんどありません。近隣には、温泉地がたくさんあるために、観光客は宿泊することが少ないです。このことが、敦賀にとっての最大のマイナス要素と言えます。

延伸ルート「小浜・京都」は、観光要素を加味

 北陸新幹線は、最終的には新大阪まで延伸します。

 2016年、大阪延伸ルートは、嶺南の観光地、若狭小浜を通る「小浜・京都」ルートに決定されました。しかし、いまだにそのルートを否定する発言等が続いています。

乗換用のコンコース、 入場する人は、この左側で倍の広さとなる
乗換用のコンコース、入場する人はこの左側で、コンコースは倍の広さとなる

 本来であれば、最短ルートと言われる「湖西」ルートが最有力と言われていました。湖西線は高速運転が可能な路線。1974年7月に開業し今年で50周年となります。サンダーバードという特急が関西圏と北陸各都市を結んでいました。しかし、全線高架の路線は、風に弱く「比良おろし」という西風によって、たびたび、運休を強いられます。また、生活路線であるが故、新幹線が走ることによる並行在来線の第3セクター化が足かせとなりました。

 一方、最短工事区間となる「米原」ルートは、東海道新幹線の米原駅で乗り換えることを前提としています。現在、東海道新幹線のダイヤは、一時間当たり最大15本(のぞみ10、ひかり2、こだま3)が運行されています。16両編成の新幹線が駅構内のポイントを通過するのに4分間かかると言われます。そのため、既に米原から新大阪間は飽和の量を超えているのです。物理的に、これ以上の列車を走らせることはできないのです。

出発したつるぎ号は、すぐにトンネルに吸い込まれる
出発したつるぎ号は、すぐにトンネルに吸い込まれる

首都圏だけでない、北陸新幹線経由のメリット

 東京駅の近隣住民にとって、大阪に向かうには東京駅から東海道新幹線に乗車するのが最速となります。

 しかし、北陸新幹線が大阪まで開業すると状況は変化します。埼玉県南部の住民にとって、大宮駅から北陸新幹線に乗車する方が到着が早いのです。これは、東京駅まで在来線で移動し、乗り換えて、東海道新幹線に乗るよりも北陸新幹線で直行する方が早くなると言われています。

 また、金沢延伸時に、関西圏から軽井沢への観光客が増えたと記録されています。軽井沢は日本有数の高原リゾート、関西圏には存在しない観光コンテンツです。特に、軽井沢でのウェディングを望む若年層も多かったようです。金沢で乗り換えても軽井沢に行きたいというニーズは、乗り換える必要がなくなれば、もっと増えることでしょう。

 このように、日本を代表する二つの都市間を複数の路線が存在することによって、観光目的、ビジネスユースと、より良い結果が期待されると考えられます。

これから30年後、いや、50年後かも・・・

 いずれにせよ、北陸新幹線の新大阪延伸は、国交省の発表のように、この先30年ほどかかることは間違いありません。2050年代になりそうです。また、リニア中央新幹線も工期が遅れており、開業は同時期になりそうです。

 かつては、鉄道と航空路線との戦いと言われた時期がありました。新幹線の乗車時間が4時間を超えると航空機に軍配が上がるというものです。過去においても、新幹線が新たに開業すると、航空路線の減便や休止となった場所は少なくありません。

 しかし、これから30年先は、新幹線とクルマの戦いになっていくものと考えます。高速道路網は、鉄道建設よりも早く拡充されています。整備新幹線や計画路線を具現化するよりも道路建設に動きます。それは、個の時代と言われる昨今、大量輸送の時代は終わったのかもしれません。既に名古屋から金沢への移動は、高速バスが優位に立っていると言われています。

 今、この瞬間に正解を求めることはできません。後年、この結論は開示されていくことでしょう。

公共性よりも、経営効率

 長い間、公共交通機関は廃止されないと言われてきました。しかし、国鉄民営化の際に数多くのローカル線が廃止されました。そして、今や、在来線鉄道輸送は、廃止の第2波に直面していると言われます。公共性よりも利用頻度が重要となり、縮小や廃止を余儀なくされています。新幹線とて、必要で無くなる時代がやってくるかもしれません。

14番線に出発を待つかがやき号、 夏休みながら、閑散とした敦賀駅ホーム
14番線に出発を待つかがやき号、夏休みながら、閑散とした敦賀駅ホーム

 誰が、どのように、新幹線建設を推進していくのか。「我田引鉄」と揶揄された鉄道建設、「なぜ、敦賀までの先行開業だったのか」。並行在来線は第3セクターとなり、北陸本線は分断されました。また、敦賀駅の改札からも、新幹線に乗るためには長い距離を歩かねばなりません。そして、大きすぎる駅舎には、繁忙期でも人の姿は、さほど多くありません。

 さて、お客さまの乗降をスムーズにするために、ホームに売店がありません。品川駅ができた時に、そのような造りを始めました。また、大きなコンコースに売店があり、新幹線の改札を抜けるとソフトドリンクの自動販売機のみとなります。観光目的の鉄道旅行が華やかしい反面、アルコール飲料の売店もない。効率だけを求め始めた鉄道各社の在り方は、観光業に携わる者として、残念な一コマでもあります。

やはり、独自路線は必要・・・

 沿線には、日本海側の観光地や山岳リゾートを保有する北陸新幹線。観光路線として、東海道新幹線とは違った未来を望むには、やはり、新大阪への早期開業なのでしょう。国鉄民営化によって、3つの会社が誕生し、それぞれの生き方を進めてきました。

 東海道新幹線は、日本の大動脈として、その速達性を高めてきました。一方、日本海側は、関西圏有数の観光地として、数多くの旅行会社とタッグを組んで、旅行商品の充実を図ってきた経緯があります。また、北陸新幹線の延伸は、首都圏からのお客さまの拡充にもつながっています。輸送密度がそれほど高くなくとも、観光路線として、充実させるには、新大阪延伸は必要のことなのでしょう。

 このお盆の最中、台風が首都圏に襲来しました。東海道新幹線は、計画運休を余儀なくされました。その際、敦賀までの特急と北陸新幹線は、臨時列車を走らせました。バイパス運転による流動を止めない取り組み、大動脈の複数化は、やはり必要なことなのでしょう。一日も早く、敦賀駅から鉄路が延びていくことを期待しているのは、小生だけではないと思います。

敦賀駅から気比神宮へ続く、約2キロのアーケード街
敦賀駅から気比神宮へ続く、約2キロのアーケード街、暑さをしのぐには便利だが、観光客は少ない。

寄稿者 観光情報総合研究所 夢雨/代表

(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=181

/
/

会員登録をして記事にコメントをしてみましょう

おすすめ記事

/
/
/
/
/