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ボーダフル・ジャパン 第2部 第7話「皇帝のいない八月」

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 私が高校生で鹿児島にいた頃、近い将来、自衛隊がクーデターをやるのではないかという話でもちきりであった。当時、自衛隊は憲法上、存在してはならないかのような存在でもあり、青年幹部の一部が戦後民主主義の下、「平和」と「繁栄」を謳歌し、安全保障や国防のことに無頓着な政治や国民に「鉄槌」をくだすことを考えているというのがそれだ。

 1963年に自衛隊統合幕僚会議が極秘に行っていた机上作戦演習、三矢研究(陸海空三自衛隊の統合を模し、毛利元就の三本の矢に倣ったと言われる)。国外の情勢緊迫に備えることが目的であったが、国内の治安悪化も念頭におき、非常時を名目に国家総動員体制を作る。そのためにクーデターも辞さないとされた。野党の指摘により、研究が暴露され、蜂の巣をつつくような騒ぎとなった。

ブルートレイン「さくら」号
ブルートレイン「さくら」号(出典元:裏辺研究所)

 このような時代背景のもと、松竹が1978年に制作した大作が「皇帝のいない八月」だ(山本薩夫監督)。私も天文館の映画館に封切りを見に行った覚えがある。いきなり桜島のアップと鹿児島のシーンから映画が始まり、驚いた。高校の英語教師は「面白かった」と言ったが、私にはあまりわけがわからなかった。ただ夜行のブルートレインさくら号を自衛隊が乗っ取り、博多駅から本州へ向かうシーン、そして政府の鎮圧発言により、最後、乗客がほぼ皆殺しにされ、事件そのものが亡きものとされた政治の業だけは記憶に残っていた。

アメリカまで、海を渡ったDVD

 それから30年。米国滞在が決まった折、「幸福の黄色いハンカチ」とともに購入したDVDのひとつに「皇帝のいない八月」があった。もう一度、きちんと見たいと思ったからだ。

かつての博多駅
かつての博多駅(写真AC)

 主演は叛乱を現場で指揮する自衛官、渡瀬恒彦とその妻、吉永小百合。渡瀬の岳父が三國連太郎、鎮圧の指揮にあたる内閣調査室長に高橋悦史、偶然にさくら号に乗り、吉永とともに銃殺される元恋人役として山本圭。その他、丹波哲郎、佐分利信、山﨑努、森田健作、永島敏行、風間杜夫、神山繁、大滝秀治、久米明、太地喜和子、岡田嘉子などなど大御所から若手(当時)までのオンパレード。そう、寅さんもさくら号の乗客として登場。豪華絢爛とはこのことだ。

 ストーリーの詳細は本編を見ていただきたいが、拷問あり、政治の騙しあいありの、本格的社会派サスペンス。政治とは何かを学ぶ、格好の教科書だ。高校生が理解できないのは無理もない。

スクリーンに映る九州の風景

雲仙温泉にある地獄
雲仙温泉にある地獄

 九州で暮らしたものとして嬉しいのは、その昭和のシーンの数々が満載であること。クーデター結構前に渡瀬と吉永が暮らしていた福岡(中洲の風景など)。2人が小旅行をした温泉・雲仙の地獄。当時の博多駅と夜行列車、そして食堂車の車窓とB寝台。列車にしかけた爆弾があわや発見されそうになった下関駅(交流対応から直流の機関車に取り換えるため、停車時間が長い)。クーデターが発覚し、合流するはずだった山﨑が自決する徳山駅のプラットフォーム。

 ここから先はクーデター鎮圧作戦をめぐる駆け引きがメインとなり、クライマックスの鎮圧舞台による列車襲撃、炎上シーンのハイライトに向かうため、沿線の風景は見れなくなるが、私にとってはここまでで十分だ。

夜行列車に乗って、一花咲かせる

 今振り返れば、列車を乗っ取り、各地の反乱部隊を乗せて、上京してクーデターを遂行するといったプランは荒唐無稽な話だが、当時臨場感があったのは、飛行機での旅は高値の花であり、日本が「広い」空間だったからだろう。九州の人間にとり、夜行列車に乗り、東京に行ってひと花咲かせるのは夢であった。チューリップの「心の旅」を思い出してほしい。多くのミュージシャンが福岡の「照和」から東京を目指したことも。

九州新幹線「さくら」号
九州新幹線「さくら」号(出典元:裏辺研究所)

 ところで「皇帝のいない八月」というタイトルの意味がいまだに私にはよくわからない。クーデター作戦の名称ということだが・・・。

 JR九州では新幹線のさくら号が現在、活躍中。いまの時代、新幹線を使ってのクーデターなど想像もつかないが、乗っ取り事件などを含め、社会派サスペンスの制作は可能かもしれない。ぜひロケ地めぐりが愉しい作品を期待したい。

(これまでの寄稿は、こちらから) https://tms-media.jp/contributor/detail/?id=20

寄稿者 岩下明裕(いわした・あきひろ) 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授

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