楽天グループは7月30日~8月1日、変革の最前線に立つビジネスイベント「Rakuten AI Optimism 2025」をパシフィコ横浜で開いた。7月30日にはビジネスカンファレンスとして、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長でS`UIMIN取締役会長の柳沢正史教授と、楽天グループ専務執行役員の高野芳行氏が登壇。「良質な睡眠から始まるウェルネスとパフォーマンス~旅の価値を高める眠りの科学~」をテーマに議論を交わし、専門家が示す新たな観光価値としての「良質な睡眠」や、宿泊業界に静けさと暗さの工夫を取り入れた「スリープツーリズム」などを提言した。

柳沢教授は、人間の睡眠メカニズムに触れたうえで、「聴覚は眠る間も働き続けている。特に人の声には敏感であり、旅先でも安心して休める環境が重要」と睡眠環境について解説。エアコンをつけっぱなしで寝ることの是非については、「体に悪いという根拠はなく、大切なのは快適な温度を保つこと」と強調した。温湿度計を使い測ることで、最適な環境を把握するべきだと提案した。

さらに柳沢教授は、「睡眠は加点方式ではなく減点法」と表現し、快眠を妨げる要素を取り除くことが肝要だと述べた。特に照明環境については、「日本のホテルは夜間でも照明が明るすぎるケースが多く、欧州からの旅行者からも不満の声がある」と指摘。米国の旅行レビューサイト「トリップアドバイザー」に投稿された7700万件のデータ分析を根拠に、宿泊業界には、夜間の光を抑え、眠りやすい雰囲気を整える努力が必要だと呼び掛けた。
また、宿泊体験の中で「睡眠の質が高い」と評価した旅行者は全体として旅行満足度が向上し、特に50代以上の旅行者やビジネス目的での出張者、子ども連れの旅行者ほど睡眠環境に敏感であることを明らかにした。
高野氏は、同社が展開する旅行予約やEC事業の観点から、睡眠と観光消費の結び付きについて言及。「旅の過ごし方は多様化しており、食や自然に加えて眠りそのものを目的とした『スリープツーリズム』が注目されている。旅行者に良質な休養体験を提供できれば、滞在価値を高め、地域の観光消費にもつながる」と述べ、旅行業界にとって新しい市場の可能性を示唆した。

柳沢氏は、実際に旅館と連携して睡眠改善を前面に打ち出した宿泊プランの事例も紹介。「良い眠りを売りにすることで、宿泊者の満足度が高まり、リピーターにつながっている」と成果を語った。
また、自らが代表を務めるS`UIMINでは、宿泊施設へのコンサルティングやプロモーション支援、人材育成を進めており、「観光と睡眠の両立を担える専門家を増やしていきたい」と展望を示した。
最後に柳沢氏は、「日本の旅行者は旅程に多くのアクティビティを詰め込みがちだが、旅先でぐっすり眠ること自体を目的とする旅も贅沢な選択肢になり得る」と提言。欧州で一般的な「何もしない休暇」の考え方を引き合いに、日本でも睡眠を中心に据えた旅行文化が広がることに期待を寄せた。
旅行業界が「よく眠れる宿泊体験」を提供することは、単に快適性の向上にとどまらず、旅行者の満足度やリピート需要を高める戦略の一つとなりそうだ。観光とウェルネスを融合した新たな旅行の形が、今後どこまで広がるか注目される。
取材 ツーリズムメディアサービス編集部