人口減少や人手不足は、日本の観光産業が向き合う待ったなしの課題です。こうした状況下で、一過性の集客に終わらない「持続可能な観光」をどう実現していくか。その答えの鍵を握るのが、生成AIという強力な「パートナー」の存在です。先日、韓国・仁川で開催された「第65回APEC観光実務グループ会議」のワークショップに登壇し、「観光とAI」をテーマに世界中の専門家と議論する機会を得ました。
世界の最前線と、熱海市での挑戦
私が登壇した静岡県熱海市での発表事例では、労働力不足やデータ不足という課題に対し、①インバウンド向けマーケティングレポートの自動生成、②観光案内所の問合せ分析、③多言語案内の作成、という3つのAIツールを開発し生産性向上につながったことを発表しています。
参考URL:【とーりまかし記事】生成AIで回す!観光戦略の「新・循環」
「生成AI活用による持続可能なインバウンド観光研究」より
https://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2025/05/terimakasih-tourismAI202506.pdf
世界に目を向けても、AI活用はすでに観光の様々なシーンで始まっています。そこには、AI活用の刺激的な事例が世界中から集まっていました。
- 新しい旅行体験の創出: 米国のダリ美術館では、来館者がAIを通じてダリの声と会話できる電話機を設置し、没入感の高いアート体験を提供しています。
- SNSからのシームレスな情報検索: Instagramのリール動画で見つけた観光地の動画を公式アカウントにDMで送ると、1分以内にAIがその場所の詳細情報を返信するサービスが登場しています。
- 個人の感覚に寄り添う検索: 宿泊施設の検索で「素晴らしい朝食」「強力なエアコン」といった感覚的な条件で絞り込める機能もその一つです。AIが膨大なレビューを解析し、個人の細かなニーズに合致する選択肢を提示します。
- マーケティングの圧倒的な効率化: 1本の動画から、AIが言語や文脈の異なる250もの動画を自動生成し、制作時間を4分の1に短縮した事例も共有されました。
- 持続可能な観光への貢献: ホテル運営では、AIが食事のパターンを分析して食材需要を正確に予測。食料廃棄の大幅な削減と27%のコスト削減を同時に達成しています。
AIの得意技を知り、地域の課題解決に活かす
これらの事例は、AIの活用シーンが多様に広がっている中で、「旅行者向け」と「観光地域・観光事業者向け」で大きく異なることを示しています。旅行者向けには「新たな体験価値の創出」や「利便性の向上」が、観光地域・事業者向けには「マーケティングの高度化」や「業務効率化」が主な目的となります。今後AIを活用する際には、「誰が、何のために使うか」を明確にすることが重要です。生成AIには、大きく分けて5つの得意なパターンがあります。ゼロから企画案などを生み出す「0→1(アイデア生成)」、SNS投稿文などを作成する「1→10(肉付け)」、膨大なクチコミを解析する「10→10+(分析)」、長文から要点を抜き出す「10→1(要約)」、そして多言語対応などを担う「10→X(翻訳・応用)」です。

私たちが静岡県熱海市で行った実証実験では、特に「10→10+(分析)」による市場理解、「10→1(要約)」による観光案内所の問合せ分析、そして「翻訳(10→X)」による多言語対応に重点を置きました。地域の課題に合わせて、どのパターンを優先的に活用するかを決めることが、効果的なAI導入の第一歩となります。
AIエージェント時代に、人間だからこそできること
今後は、AIがさらに進化し、自律的に業務を進める「AIエージェント」が台頭します。これは、指示された単一の作業をこなすだけでなく、「福岡旅行を3泊4日で計画して予約までして」といった曖昧な依頼に対し、自ら情報収集、比較検討、予約までの一連のタスクをこなしてくれる、まさに”デジタルの代理人”です。このような時代が訪れると、情報収集からアウトプット作成までの実行部分は、ほぼAIが代替するようになるでしょう。その時、私たち人間に求められるスキルは大きく変化します。

AIが「実行」を担う時代、私たち人間の役割は、その前後の工程で価値を発揮することに集約されます 。AIという強力なパートナーを使いこなし、導くために、以下の3つの力が不可欠です 。
- 設計力: 何を目的とし、どんな成果物を得たいのかを明確に定義する力 。
- 意思決定力: AIが提示した複数の選択肢の中から、最適なものを選び、最終的な判断を下す力 。
- マネジメント力: プロジェクト全体を俯瞰し、関係者との合意を形成しながらAIの活用をディレクションしていく力 。
AIをパートナーと捉え、その能力を最大限に引き出す。そして、AIによって生み出された時間とインサイトを元に、人間だからこそできる温かいおもてなしや、地域を未来に繋ぐ創造的な価値を生み出していくこと。それこそが、人手不足という課題を乗り越え、持続可能な観光マーケティングを実現するための、最も重要な鍵だと考えています。
寄稿者 松本百加里(まつもと・ゆかり)じゃらんリサーチセンター研究員