江戸から明治にかけて海運を担っていた北前船をテーマに、寄港地連携、地域間交流での活性化を図っている北前船交流拡大機構と“地域間交流拡大”を強力に推し進め、地域の活性化に向けた課題解決に取り組む地域連携研究所は、「地域間交流」をテーマに観光交流プロジェクトを全国で展開している。各会員(地方自治体・民間企業など)は今、どのような取り組みを行い、何を目指しているのか。今回は、北アルプスの麓に位置し、城下町としての風情と芸術・学びの都としての顔を併せ持つ長野県松本市の臥雲義尚市長に、市民とともに進める観光まちづくりの現状や、「山・楽・学」の〝三ガク都〟に象徴される松本の文化的アイデンティティ、そして11月21日に開かれる北前船フォーラム、同22日の地域連携研究所大会開催を機に広がる地域間連携への思いを伺った。(取材は11月7日)

■「山・楽・学」がそろう〝三ガク都〟
――松本市を初めて訪れる方に向けて、「松本の魅力」を教えてください。
松本らしさを象徴する漢字として、私は「山」「楽」「学」の三つを挙げています。これを合わせて“三ガク都(さんがくと)”と呼び、松本の誇りとして市民にも広く浸透しています。「山」は言うまでもなく北アルプスの雄大な山岳です。市街地から三千メートル級の山々を間近に望むことができ、その玄関口となる上高地は世界に誇る自然美があります。「楽」は音楽や芸術を意味します。小澤征爾さんが創設した「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」は世界的にも知られているなど、美術・工芸・建築など多彩な文化芸術が根づいています。そして「学」は、市民の手で創設された旧開智学校に象徴される“学びの精神”です。明治初期から教育への志を持ち、学びを通してまちを育ててきた伝統があります。この「山・楽・学」こそが松本の原点であり、訪れる方にもその融合した魅力を感じていただきたいです。

■文化と歴史、そして革新が息づく観光都市
――松本市は、松本城をはじめとする歴史的景観や、美術館・音楽などの文化芸術にも力を入れています。観光都市としての松本の特徴をどのように位置付けていますか。
人口20数万の地方都市でありながら、松本には世界水準の文化・芸術、そして豊かな自然が共存しています。国宝・松本城は姫路城と並ぶ日本を代表する平城であり、国内外から多くの観光客が訪れています。また、北アルプスの玄関口・上高地も松本市のエリアであり、自然・文化・歴史の三拍子がそろった稀有な都市だと自負しています。恵まれた環境に甘んじることなく、その価値をさらに高め、国内外に発信していくことが今後の課題です。
■訪れるから、暮らすへ、松本が目指す“体験型まちづくり”
――四季を通じた観光資源が豊富ですが、特に市長が「これから伸ばしたい」と考える体験型・滞在型観光にはどのような可能性がありますか。
観光の目的は、単に訪れてもらうことではなく、「松本の暮らしを体感し、住んでみたいと思ってもらうこと」だと考えています。体験型・滞在型の観光を通じて、人々がこの地の生活文化に触れ、松本の人と自然の魅力を感じる。上高地や美ヶ原高原などの山岳景観に囲まれた自然環境、そして城下町として育まれた文化や食、工芸など、暮らしの延長にある松本ならではの魅力を体験してもらうことが重要です。
観光によって地域経済の成長を図ることはもちろんですが、その先にあるのは、訪れた方々が「松本の暮らしは楽しい」「魅力的だ」と感じ、住んでみたい、暮らしてみたいと思っていただくことです。現実に移住や定住まで至るにはハードルもありますが、観光を通じてその思いを広げることが大切です。東京一極集中が進む中で、松本のような地方都市が多様な人々を受け入れ、体験型・滞在型の観光によってその魅力を発信していく。松本はそのトップランナーになりうるポテンシャルを持っていると自負しています。

■まち全体でつくる観光、松本が受け継ぐ“商人のまち”の精神
――市民や地域事業者と連携した観光まちづくりにおいて、特に重視している取り組みや方針があれば教えてください。
観光は一部の業者だけのものではありません。もっと広く、まち全体の産業として捉えるべきだと考えています。行政がトップダウンで進めるのではなく、市民や事業者が主体的に企画し、行動できる環境を整えることが重要です。松本は、歴史的に「お殿様のまち」ではなく「商人のまち」でした。城主が頻繁に入れ替わったため、支配ではなく自立の文化が育ち、市民自らがまちを支える伝統があります。商人が中心となって城下を発展させ、市民が主役としてまちを盛り上げてきたことが松本の原点でもあり、この精神は今も受け継がれています。観光に関しても、宿泊・飲食・交通といった分野にとどまらず、工芸や音楽、農業、まち歩きなど、多様な人々が関わる「まち全体の取り組み」として広げていくことが必要です。市民一人ひとりが主体となり、行政はその活動を支え、環境を整える役割を果たしていくといった協働による観光まちづくりこそ、松本が目指す姿だと考えています。
■2030年に向けた未来像、堀の復元と駅前再生
――2030年を見据えた松本の都市構想について教えてください。
一つは、松本城の南西側にかつてあった「お堀の復元」です。地質調査や用地取得も進み、2030年に向けた復元計画が動き出しています。ハード整備にとどまらず、市民が主体となってイベントや催しを行う“生きた城下町空間”を作っていきます。もう一つは「松本駅周辺の再整備」です。モータリゼーション時代の設計から半世紀を経て、今こそ鉄道中心の“歩いて楽しめるウォーカブルなまち”へと変えていきます。駅から松本城へ続く街並みに新旧の魅力が調和する未来を目指しています。
-1024x768-1.jpg)
■海から山へ・山から海へ、内陸・松本で広がる新たな地域連携
――今回、北前船交流拡大機構による北前船フォーラム・地域連携研究所の大会が松本市で開催されます。この大会を、観光や地域振興の観点からどのように位置付けていますか。
北前船の取り組みは日本海沿岸の寄港地から始まり、今では沖縄や内陸部にも広がっています。その根底にあるのは「東京発ではない地方発の連携」です。内陸の松本で開催されることは、一見意外かもしれませんが、実は必然的な流れです。海の恵みが山へ、山の恵みが川を伝って海へ。古来の日本はこのような相互交流で豊かになってきました。今回の開催を通じて、沿岸と内陸、そして地方都市同士の新たな連携をさらに広げていきたいと考えています。
■地方から世界へ、“分散型観光”で描く松本の新たな発信
――大会を通じて、松本市として国内外にどのようなメッセージや魅力を発信したいと考えていますか。
コロナ禍を経て、外国人旅行者は東京・京都・大阪だけでなく、地方都市に関心を持つようになりました。今後は日本全体の観光を分散型で発展させていくことが重要です。松本は山岳都市として唯一無二の魅力を持っています。ここを訪れた人々が「何度も訪れたい」「暮らしてみたい」と思えるようなまちにしたい。北前船フォーラムを、地方都市が共に輝くための知恵を共有する場にしていきます。

■澄んだ青空と雪の峰に抱かれて、松本からの歓迎メッセージ
――最後に、全国から松本を訪れる大会参加者・観光客の皆さんへ、市長からの歓迎メッセージをお願いします。
11月の松本は、冬の訪れを感じる季節です。厳しい寒さの中でこそ、松本の澄んだ青空と北アルプスの白い峰々の美しさが際立ちます。この自然の造形こそ、松本というまちを象徴する風景です。三千メートル級の山々から流れる水が、豊かな農産物や酒・ワインを育みます。ぜひ、街歩きや人との出会いを通じて、「伝統と革新が共存するまち 松本」を五感で体験してください。市民一同、心から歓迎いたします。
聞き手 ツーリズムメディアサービス代表 長木利通