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世界のワインツーリズムの現在地 ~造り手の思いをのせて~

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グローバルワインツーリズムレポートから読み解く観光地経営の進化

ワイン造りのあこがれ

A good year (邦題:プロヴァンスの贈りもの、2006年)という映画をご覧になった方はいらっしゃるだろうか。アカデミー賞作品のグラディエーターやビューティフル・マインドなどに主演したラッセル・クロウがこの映画で演じるのは、ロンドンのやり手の金融マン。南仏プロヴァンスでワイナリーを持つ醸造家の叔父が急逝し、ワイナリーの相続が舞い込む。とっとと売り払うつもりでプロヴァンスに赴くが、幼少期を過ごしたこの地の思い出があふれて、幼馴染の女性との再会もあって、次第に土地とブドウに魅せられて人生を見つめなおしていくストーリーだ。 

Good yearはワイン造りではブドウの出来が良い当たり年の意味だ。筆者は機内でこの映画に出会った。興業的には大したヒットにもならなかったようだがこうして思い出すことができるくらい、まさにワインの味わいのような馥郁のある映画だった。筆者には、今年で28年の長い付き合いのフランス人の友人がいる。もともと駐在先で子供の学校が一緒だったのが縁で、いまだに家族ぐるみ付き合っている間柄だ。

友人はエクス・アン・プロヴァンスとパリに自宅を構えているが、あるときこの映画が話題に出た際に、彼が言ったひとことがいまだに焼き付いている。「あれは俺の夢だ」と。どうやらワイン造りにはとてつもないロマンと魅力があるようだ。筆者が厚い信頼を寄せていた米国人の同僚(ANA)の従妹も夫とともに東海岸の家屋敷を売り払いナパ・ヴァレーでブティックワイナリー(*1)を開いている。当時ANAの貨物部門の提携先であった米国最大の物流・貨物航空会社UPSとの会議も、19世紀の古い郵便局舎だったこのワイナリーの会議室を借りて締めくくった記憶も新しい。

筆者はANAに入社する前に7年ほどサントリー(現サントリーホールディングス)に新入社員からお世話になったが、いまだに付き合いの続く同期2人がサントリーを辞めてワインメーカー(ワインの造り手)となった。二人とも農学部出身の醸造の専門家でもなく、経済学部出身の事務屋だった。一人は実家のある青森県弘前市の岩木山を眺める丘陵地で(*2)、もう一人は祖母の旧家があった南房総の館山でワイン造りに励んでいる(*3)。それぞれ個性のあるワインで、弘前の方は地ブドウをつかったナチュールワインを、館山の方では南房総の沈む太陽と海風をイメージしたギリシャワインのような味わいだ。

弘前クラフトワインズ

https://www.instagram.com/hirosaki_craft_wines?igsh=MWFuYzA5YXFxYWFwcg%3D%3D&utm_source=qr

先日ワイン界の最高峰、マスター・オブ・ワインの一行が来日した際、友人の造る館山のワインもテイスティングで上々の評価をもらったようだし、弘前の方も出荷すれば則完売という勢いだ。仕事を辞めてゼロからワイン造りを始める人達は少なくないようだ。わが国でも2000年に150あったワイナリーは増加の一途をたどり2025年末には約560軒となり、うち2020年から5年間で設立されたワイナリーが219もあるそうだ(*4)。

私見だが、筆者がサントリーに入社した当時(1984年)と現在でお酒の分野で劇的に変わったのがやはりこのワインではないだろうか。他の酒類も、一時期、生産量を劇的に落としたジャパニーズ・ウイスキーが今や世界ブランドのひとつになり、ビールも大手4社以外にクラフトビールが全国の至るところで味わえ、焼酎も色とりどりの個性豊かな商品が増えたし、3,000近くあった酒蔵が今や1,300程度まで減った日本酒も、その味わいが多様化し外国人の人気が高まるつれ復権してきているように40年超を経てたしかに大きく変わってきたが、ワインの裾野の広がりと変容の方が大きいと筆者は考える。

当時の酒屋は、「剣菱(日本酒)、キリンビール、サントリーオールド(通称 だるま)の3つさえあれば商売になる」と言われワインのワの字も入っていなかった。少々脱線するが、サントリーはウイスキーが主力であった反面、ビールは業界最下位、至上命題はビールの取り扱いの拡大で、筆者も新入社員のころはTシャツと作業ズボンに前掛けを締めて卸問屋の営業マンと一緒にトラックにビールを積んで、酒屋(小売店)を回って他社のビールケースが山積みになって置き場のない倉庫を片付けて(置き場所を作って)ビールを置かしてもらう(買ってもらう)「置き廻り」をトラックの荷台が空になるまでやったものだ。

あいさつで店主に渡した名刺が床にほこりまみれになって落ちていたほどサントリービールは弱小だった。その一方でワインは専門部署を除けば引き合いがあれば対応する程度で片手間に取り扱っていた記憶があるし、実際 デパートや専門店を除けば一般の酒屋だとちょいと置いてあるくらいであった。当時のワインといえば一部の愛好家や美食家の世界で、いくつかのテーブルワインを除いてまだまだ一般的には縁遠かったと記憶している。ちょうどその頃、マーケティング巧者のサントリーは女性をターゲットにしてワインの市場を開拓しようとしていた。

サントリーのワイン本、姫のワインノート 演出・振付が開高健という豪華版だ。1984年 出版 サントリー
サントリーのワイン本、姫のワインノート 演出・振付が開高健という豪華版だ。1984年 出版 サントリー

ちなみに、ワインは原料となるブドウそのものをその土地で育て醸していく極めて地域性の高い農産物でもある。ワインでよく語るテロワールのみならず地域の風土や文化にも連なっている。これは日本酒も同様で米と麹で醸し、地域の様々な場面で酌み交わされてきた歴史や風土も背負っている。よく海外からの訪日客がこれほど高品質で美味な日本酒の値段を見て「安過ぎる」と言うことが多いが、酒蔵の社長によると、酒米の品種と磨きでだいたいの値段が決まってしまうのと、地域社会の様々なシーンで使われ育てられてきた造り酒屋として簡単に値段を上げるわけにもいかないとおっしゃる方も多い。

*1 Elizabeth Spencer https://elizabethspencerwinery.com/about

*2 弘前クラフトワインズ https://www.instagram.com/hirosaki_craft_wines?igsh=MWFuYzA5YXFxYWFwcg%3D%3D&utm_source=qr

*3  南房総・館山 マシューズワイン https://matthewswine.net/aboutus/

*4 メトロミニッツ ローカリズム 2026年2月号 日本ワインの現在地2026から

ワイン産業とワインツーリズム、背景と重要性

それでは、海外にも目を向けてみよう。実は世界全体ではワインの生産量も消費量を減退している(*5)。ところが、「ワインツーリズム」は、今や世界中でかつてない盛り上がりを見せている(*6)。この背景には訪れる人々(観光客)の意識の変化が大きいと思われる。 そして、ワインツーリズムが提供するワイナリーにとっても、単なるパブリシティではなく、十分な見返りがあることに気づいているからであろう。また、このことが意図せずとも単なるワインの試飲体験を超えて、地域経済の活性化や雇用の創出、農村コミュニティへの有形無形の利益を生み出している。さらに、地域の自然・文化的遺産の保護にもつながる持続可能な開発と観光モデルを促進する役割をも担っており、そのことに行政も気づき支援を行っている。ツーリズムとして捉えると、選ばれるディスティネーションとして生き残る鍵を握るツールのひとつが体験型価値の提供をしているワインツーリズムであると言える。

ところが、ワインツーリズムを推進するにしても、信頼性のあるデータや知見の不足という課題に直面しており、行政や業界がエビデンスに基づいた公共政策やビジネス戦略を策定する際の障壁となっていた。国連世界観光機関(UN Tourism)、国際ブドウ・ワイン機構(OIV)、グレート・ワイン・キャピタルズ・グローバル・ネットワーク(GWC)、Wine Tourism.comと共同でドイツ・ガイゼンハイム大学(*7)がワインツーリズムのグローバルな調査イニシアチブを立ち上げ、その結果が世界初のグローバル・ワインツーリズム・レポートとなった(2025年10月)。筆者も参加した昨年10月にブルガリアで開催された国連世界観光機関が主催するワインツーリズムの国際会議(*8)で初めて披露され、レポートの詳細については今年1月にグローバルな説明会も開催された。今回はこのレポートの内容を深く紹介していきたい。

*5 実は世界のワインの生産量、消費量ともに減少している。世界51カ国が加盟し世界のワイン生産量の88%、消費量の75%をカバーしているワインに関する国際機関OIV(International Organisation of Vine and Wine 世界ブドウ・ワイン機構)によると2024年のワイン生産量も消費量も記録的な減少となり1961年以来の最低水準となった。生産量減の主な原因として気候変動と異常天候があげられ、消費量の減少の主な原因として、世界的なインフレによる購買力の低下、中国市場の減速、地政学的問題(ウクライナ問題など)、健康志向、若者のアルコール離れなどが挙げられている。

  https://www.oiv.int/index.php/who-we-are/presentation

  https://www.winereport.jp/archive/4993

  https://www.winereport.jp/archive/5148

*6 世界のワインツーリズムの年平均成長率は2024-2030で12.9%

  https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/wine-tourism-market-report

*7 ドイツ ヘッセン州にある専門大学。この大学の最大の特徴は、ブドウ栽培(栽培学)、醸造学(エノロジー)、飲料テクノロジーに特化しており、ドイツ国内だけでなく、世界中から未来のワイナリー経営者や醸造家が集っている。

*8 https://tms-media.jp/posts/73676/

  https://tms-media.jp/posts/73688/

世界初のグローバル・ワインツーリズム・レポート~調査の概要

https://www.hs-geisenheim.de/gwtreport

調査は、2025年5~6月にオンラインアンケート形式で実施された。47カ国、1,310軒のワイナリーが参加した。地域でいくと欧州(+コーカサス地方(アルメニアなど))、南アフリカ、南北アメリカ、オセアニア(豪州、ニュージーランド)など28か国で全体の92.6%を占めており、イタリア、ドイツ、フランス、スペインの4カ国の回答がもっとも多い。欧州地域と海外の比率は7:3となっている。また規模でみると大規模(6%)、中規模(36%)、小規模(58%)となっている。 

また統計バイアスを避けるために、OIVの2025年統計に基づく各国のブドウ作付け面積に応じた加重評価も行っている。

サンプルの特性として特筆すべきは、70%のワイナリーが認証を保有している。保有する認証が1件のみのワイナリーは43%で複数保有しているワイナリーは27%にのぼった。 認証の中でトップ2は有機栽培(34%)と持続可能な栽培(32%)であった。

調査から浮かび上がってきたこと~Key findings~

ワイナリーの経済環境を肯定的に捉えている:5段階評価で3.3であり、所在する自国の経済状況(同2.9)より高く評価している。また大規模ワイナリーの方が自社の状況を肯定的に捉えている。  

経済的効果:回答者の60%が、地域の発展におけるワインツーリズムの経済的影響力を極めて重要または重要であると認めている。その一方でワインツーリズムに対して行政が十分なサポートを行っているかについては、約7割が同意していないことも判明した。

行っている取り組み: 全体の88%が来訪者向けのアクティビティを実施している。10年以上取り組んでいるワイナリーが半数(51%)にのぼっている。ワインテイスティング(79%)、セラー見学(68%)、ブドウ園ツアー(61%)がもっとも一般的に提供されている活動である。またほぼ半数の49%のワイナリーでワインと食事のペアリングなどフード関連の体験を行っている。またワインメーカー(造り手)との交流(ミーティング)などインタラクティブ、カルチャー的な取り組み(52%)やプライベートなイベント(誕生日会や結婚式など)も広く行われている(49%)。このように訪問者にワインと造り手やブドウとワインを育んだ周囲の自然の両方に触れる機会を提供しており、これらの体験は、ワイナリーのスタッフがゲストとワインとのより親密な関係を育むことも可能にしている。

一方でアクティビティの提供を行っていないワイナリーも存在しているが、将来的な意向としては実施の意向(やる、たぶんやる)が81%を占め、実施しないと回答したのは22%だったが、理由としては時間不足、スタッフの不足があげられた。またワインツーリズムに対応するフルタイムの職員数については1~2名、1名未満が全体の61%を占め、5人以上の職員を配置しているワイナリーは全体の16%に過ぎない。

訪問者のプロフィール: 年間の訪問者数の中央値は1,500名。欧州では平均して1,000名、海外諸地域(欧州以外)では4,000名程度。欧州、海外双方で国内からの来訪者数がそれぞれ57%、59%となっている。主な訪問者層は45~65歳だが、25〜44歳の存在感も高まっている。またワインに関する知識のレベルも興味深い。訪問客の75%が一般的なワインに関する知識を有しているが、いわゆるワインオタクと呼ばれる層は全体の6%に過ぎない。

また来訪者とくに25~44歳では単なる飲酒体験でなく、教育、持続可能性、ガストロノミーを重視する傾向があり、ワイナリーはより知的で意味のある体験が求められている。                                                                                    

収益性と持続可能性:ワインツーリズムはもはや副業ではなく、ワイナリーの総収益の平均25%を占める重要な収益源となっている 。特に海外地域では32%ものシェアを占めている。ワイナリー全体でみても非常に儲かる、儲かると回答した割合が66%を占め、損益分岐点レベルと回答した割合も28%となった。また、小規模ワイナリーほどワインツーリズムの重要性が高いことも判明した。また3分の2のワイナリーが、自社のワインツーリズム事業において持続可能性を「重要」または「非常に重要」であると認識している 。

直面する課題: 経済的圧力と消費の減少がもっとも頻繁に挙げられる課題であり、消費者市場の脆弱さを示唆している。加えて、アクセスの問題、規制の壁などが観光活動の大きな障害となっている。訪問者の嗜好の変化は、より柔軟で革新的なワインツーリズム戦略を求めているが、労働力不足と急速に進化しているデジタルトランスフォーメーションへの対応は少人数でやりくりしているワイナリーにとっては大きな負担となっていると推察される 。

トレンド:単なるワインの試飲を超えた、ワインを育んだ地域への密着、ストーリーが語れる本物志向(オーセンティック)、そしてニッチな体験が、現在のワインツーリズム・トレンドの最前線にある。ガストロノミーに加え、サステナビリティや自然環境、生物多様性にも配慮した取り組みは、訪問者にとっての主要な魅力となっている 。自然関連のアクティビティや、特にソーシャルメディアを通じたデジタル・エンゲージメントも重要性を増している 。

イノベーション戦略:ワインツーリズムでもっとも広く採用されているイノベーション戦略には、本物の地域の物語(ストーリーテリング)を共有することや、ソーシャルメディアの活用を増やすことが含まれている 。回答者の半数以上が、ワインと料理のペアリング体験や、地元企業との提携も優先している 。教育的、文化的、そして自然に基づいた形式が主要な構成要素であり、ワークショップ、アートイベント、ブドウ園に関連した活動を通じて実施されることが多い。またノベーションは、ワインツーリズムの将来に不可欠であると広く認められており、ワイナリーは、革新的なアプローチが競争上の優位性を提供し、新しい訪問者層を引きつけるのに役立つという点に同意している。

未来展望:調査対象となったワイナリーの半数が、ワインツーリズムに投資する意向を示している。また、大多数が地域レベルおよび自社の事業の双方において将来の成長を確信しており、ワインツーリズムを産業の危機に対する「回復力(レジリエンス)」を高めるための重要な戦略と位置付けている。

おわりに

ワイナリーの経営や地域の持続可能な発展に大きな一助となっていることがこのレポートからも読み取ることができた。でもなんといっても、やはり澄み切った青空のもと一面に広がるブドウ畑を前にワイングラスを揺らし土地の空気を吸うのは最高のぜいたくだ。このぜいたくが地域の豊かさにつながるならこんなに素敵なことはない。今度の週末、ブドウ畑に出かけませんか?

Colchagua Valley, Chile  筆者撮影

※サムネイルは、南房総・館山 マシューズワイン https://matthewswine.net/aboutus/

寄稿者 中村慎一(なかむら・しんいち)㈱ANA総合研究所主席研究員

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