軍艦島(端島)の日本初の鉄筋コンクリート集合住宅30号棟の寿命は今年前半と報道されている。
エントロピーの法則とは全てのものは情報を失って無に帰すると言い換えても差し支えない。
廃墟が語るものは「死」の向う側にある「生」の意味そのものなのである。
「島から人が消えたとき軍艦島は死んだのだ」というのは簡単である。
しかし、その答えは崩壊のスピードを説明するものではない。かつて軍艦島が生きていたとき、それはそこに住む人々が生きていただけでなく、石炭も、工場も、高層住宅も、茶碗一つ、箸の一本まで「生きていた」のである。
それらが相互に依存しあい、互いの生きる意味を確かめ合っていたのである。
生きる意味を見失ったのは人間だけではない。軍艦島に取り残された体育館も手術台もテレビも高層住宅も生きる意味を見出せなくなったのだ。それらに心はない。
しかし、それら自身の意味がなくなったとき、それらは死に、ただ一つ、崩壊だけが目的となってしまった。生きていたころの日々が華やかであればあるほど、その死は辛いことである。
(ある独り言)
「生物だけが生き物なのではない。人工物や路傍の石さえも人と関われば生きる意味を見出し、廃棄されればたちどころに死んでしまう。軍艦島崩壊の速さはそれを語ることのできないモノ達の声なき声なのである。」
廃墟が美しい、かっこいい、様々な捉え方はあるだろうが、果たしてモノ達の声なき声は聞こえるのだろうか。
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寄稿者 坂本道徳(さかもと・どうとく) NPO法人 軍艦島を世界遺産にする会 理事長