AIによる業務効率化が急速に広がる一方、観光産業を取り巻くもう一つの大きな構造変化が人口減少だ。旅行会社や宿泊施設の人手不足だけではない。旅行者を送り出す先である地域そのものが、暮らしやインフラを維持できなくなる可能性がある。
楽天グループが2026年8月5~7日にパシフィコ横浜で開催した「Rakuten AI Optimism 2026」では、こうした二つの課題を考えるうえで示唆的なセッションが相次いだ。一つは「企業・事業を導くAX(AI Transformation)の視点と戦略―人間中心のAIに向けて」、もう一つが「人口減少時代の地域と観光の未来~『風の谷』という希望から考える~」だ。
二つの議論から浮かび上がったのは、効率化だけでなく、人が持つ知識や創造性、地域固有の価値をどう生かしていくかという課題だ。AIと人の役割をどう組み合わせ、限られた人材をどこに振り向けるのか。人口減少時代の観光を考える視点が示された。
「便利なAI」から事業変革へ
AXをテーマとしたセッションには、LIXIL常務役員CX Functionリーダーの安井卓氏、かんぽ生命保険執行役員の早瀬千善氏、博報堂DYホールディングス執行役員CAIOの森正弥氏が登壇した。
森氏が冒頭で問題提起したのは、企業の生成AI導入が、社員が日常的に使う「便利なツール」と生産性向上にとどまりがちだという点だ。そこから自社の強みや事業戦略、業務変革、顧客価値の創出へどうつなげるか。2026年の現在地では、そこまで踏み込むことが求められているとの認識を示した。
キーワードになったのが、「オートメーション」と「オーグメンテーション」だ。
前者はAIによる自動化・効率化。後者は、AIを使って社員が持つノウハウや暗黙知、能力を拡張する考え方だ。森氏は「AIか人間か」という二者択一ではなく、AIと人間の協働によって、双方の組み合わせから価値を生み出す視点を示した。これは、森氏らが参加する「人間中心のAIコンソーシアム」が掲げる、人間の主体性や創造性を尊重したAI活用とも重なる。
LIXILの事例は、その具体像を示した。同社はデジタルやAIを専門部署だけのものにせず、現場社員自身が使えるよう「民主化」を進めている。
例えばコールセンターでは、顧客との会話を踏まえ、次にどのような提案や問い掛けをすべきかをAIがリアルタイムでオペレーターに提示する仕組みを導入している。AIが顧客対応を完全に代替するのではなく、人の対応力を高める役割を担う。
営業現場でも、商談後に担当者が音声で内容を入力すると、システムに適した形に整理して記録する仕組みを活用している。記録業務そのものを効率化するだけでなく、これまで個々の営業担当者の中に埋もれていた情報を蓄積し、将来はAIが次の提案に利用できるデータへ変えていく考えだ。
一方、かんぽ生命の早瀬氏は、AI活用を技術だけの問題として捉えない姿勢を示した。従来の「ビジネス部門が要件を出し、IT部門が作る」という関係を見直し、何のために何をつくるかを両者が一緒に考える体制への転換を進めているという。
また、早瀬氏は、生命保険業界では従来から、確率・統計を用いて保険料計算などを担う専門職「アクチュアリー」が重要な役割を果たしてきたと紹介したうえで、従来の数理モデルに比べ、機械学習やAIは多数のパラメーターを用いるため、結果を人間が解釈する難しさが大きくなっていると指摘。AIを活用するうえでは、予測精度だけでなく、AIがどのような性質を持ち、導き出した結果を人間がどう理解し、説明責任を果たせるようにするかも重要になるとの考えを示した。こうした観点も、「人間中心のAI」を考えるうえで欠かせない要素の一つだとした。
人口が減るから地域が残らない、ではない
一方、「人口減少時代の地域と観光の未来~『風の谷』という希望から考える~」と題したセッションでは、ベストセラー『イシューからはじめよ』や『シン・ニホン』などの著者で、2025年に『「風の谷」という希望』を刊行した安宅和人氏(慶應義塾大学環境情報学部教授、LINEヤフー シニアストラテジスト)と、楽天グループ専務執行役員の髙野芳行氏が、人口減少下で地域をどう存続させるかを議論した。
髙野氏が提示したのは、旅行ビジネスの根幹に関わる問題だった。
温泉地、山間部、離島、歴史的な町並みなど、日本の観光資源の多くは人口減少の影響を強く受ける地域にある。旅行者を呼び込む以前に、その地域自体が存続できなくなれば観光も成立しない。
これに対し安宅氏は、人口減少そのものを単純な衰退とは捉えなかった。長寿化や教育期間の長期化などを背景とする「豊かさの結果」であり、人口が少なくなることだけが地域社会を維持できない理由ではないと指摘した。
江戸時代末期の日本は現在よりはるかに人口が少なかったにもかかわらず、全国各地で地域社会が成り立っていた。問題は人口の絶対数以上に、「人口増加を前提につくられた現在の社会システムを、そのまま人口の少ない地域に適用していること」にあるとの見方だ。
安宅氏は、これを「地方対都市」ではなく、「密な空間」と「疎空間」の問題として捉える。
人口密度の低い地域にも都市部と同じ仕様の道路や上下水道などを整備すれば、住民一人当たりの維持費は高くなる。人口減少時代には、生活の質を維持しながら、その地域の人口規模や環境に合ったインフラへ転換する必要があるという。
地域の『求心力』は景観だけではない
では、人口が減っても人を引き付け、存続できる地域とはどのような場所か。
安宅氏は、その条件として、経済が持続的に回ること、災害などから自ら回復できるレジリエンスを備えること、都市とは異なる求心力を持つこと、そして多様な人が混ざり合い、新たな変化が生まれ続けることの4点を挙げた。
このうち観光との関わりが深い「求心力」について、安宅氏はさらに具体的に説明した。まず必要なのは、その場所を訪れたいと思わせる自然や景観などの魅力だという。ただし、それだけでは十分ではない。一定期間滞在しながら仕事ができる通信環境や机、宿泊環境に加え、医療や教育なども含め、安心して過ごせる生活基盤が必要になるとした。
さらに重視したのが、その土地ならではの歴史や文化、自然などに触れられる「出会い」だ。地域には、道や水、集落、暮らしなど、長い時間をかけて形成されてきた固有の背景がある一方、地元にとって当たり前になり過ぎ、その価値が十分に認識されていない場合もあると指摘した。そうした土地の記憶や魅力を見つけ直し、訪れた人が実際に触れられる形にしていくことが、地域の求心力につながるとの考えを示した。
人口減少時代に問われる「人とAI」の役割
2つのセッションは、企業のAI活用と地域の持続可能性という異なるテーマを扱ったが、共通していたのは、人や地域が持つ知識や価値をいかに生かすかという視点だ。AXの議論では、AIを単なる自動化の手段とせず、人のノウハウや能力を引き出す活用が示された。一方、地域と観光の議論では、人口減少を前提にしながら、土地固有の魅力や人の力を生かして地域を存続させる必要性が語られた。
人手不足への対応が課題となる旅行業界でも、AIに任せる業務と、人が担うべき役割をどう組み合わせるかが今後一層問われそうだ。業務効率化によって生まれた時間や人材を、地域の魅力の発掘や商品造成、顧客への提案など、より付加価値の高い仕事に振り向けられるか。人口減少時代の観光を考えるうえで、両セッションはそうした視点を提示した。
情報提供:トラベルビジョン(https://www.travelvision.jp/)