近年のまちづくりは、どこも似た課題を抱えている。移住定住や交流人口を増やそうと施設を整え、イベントを打つ。だが数年後、その施設が使われ続けているかというと、答えに詰まる地域は少なくない。箱はできたが、動かす人と、動かし続けるお金が続かないからだ。
茨城県境町は、その常識がやや通用しない町である。人口約2万4千人。それでいて、全国初となる自動運転バスの定常運行、隈研吾氏設計による7つの公共施設、BMXフリースタイル・ワールドカップの誘致、小学1年生からの英語教育。全国紙が繰り返し取り上げてきた施策の密度は、町の規模から想像される水準を明らかに超えている。
今回、私(東京山側DMC COO、ツーリズムメディアサービス特任記者)はオリンピアンの成田童夢氏、東京都日の出町議会議員の萩原隆旦氏、そして東京山側DMCの宮入とともに、この境町を訪ねた。テーマは「スポーツと子育て」。世界を転戦してきたアスリートの目に、この町の施設と仕組みはどう映るのか。それを確かめる一日だった。
本稿では、その半日で見たものを訪問順に紹介しながら、境町のまちづくりと観光がどこへ向かおうとしているのかを考えてみたい。
視察のきっかけは、子育て支援施設だった
そもそもの発端は、成田氏からの一言だった。「S-WORK+KIDSという施設があるんです。子どものこと、親子のことを、すごくよく考えてつくられている。見に行きませんか」一見、意外な取り合わせに映るかもしれない。世界を転戦してきたアスリートが真っ先に挙げたのが、競技施設ではなく子育て支援施設だったからだ。
だが成田氏がいま構想している育成モデルは、幼少期の遊びと安全教育を入口に、そこから中高生・選手候補生へと自然にスライドしていく設計になっている。その入口にあたる「幼い子と親が集まる場所」がどうつくられているかは、彼にとって競技施設以上に本質的なテーマなのだという。
こうして当初は、子育て支援施設ひとつを見るだけの、ごく控えめな一日になるはずだった。
他にはない「密度」がある境町
ところが現地に近づくにつれ、話は思わぬ方向へ転がりはじめる。
「境町には、こんなものもありますよ」──スノーボードのジャンプ施設がある。国際大会が開かれるBMXの施設もある。そう聞いた成田氏が黙っているはずもなく、その場で行程が組み替えられた。
そして私たちを驚かせたのは、施設の中身より先に、その距離だった。ジャンプ台も、アーバンスポーツパークも、子育て支援センターも、車で移動すれば10分とかからない範囲に収まっている。
これは、地方の施設を数多く見てきた者ほど重みがわかる条件だ。地方創生の現場では、良い施設が点在しているせいで一日に二つ回れば精一杯、という事態が珍しくない。半日で三つの拠点を巡り、しかもそれぞれにきちんと時間を取れる。合宿や教育プログラムを設計する側からすれば、この「集約されている」という一点だけで、組めるプログラムの幅がまるで変わってくる。
急ごしらえの行程は、結果として境町を最も正確に理解する順路になった。ここからは、実際に回った順に紹介していきたい。
通年で跳べる「JAPAN SAKAI ビッグエアパーク」

最初に向かったのは「JAPAN SAKAI ビッグエアパーク」(境町西泉田)。最新のエアマットを備え、ビギナー・ビッグ・スーパービッグの3段階のジャンプ台を、通年・ナイターで使える施設である。
雪のない8月の茨城で、スノーボードのジャンプが跳べる。この事実の意味を、その場で最も深く理解していたのは、間違いなく成田氏だった。
競技者にとって、ジャンプの上達は跳んだ回数にほぼ比例する。ところが日本の雪上競技では、シーズンは限られ、雪山は遠く、一本跳ぶための移動コストが高い。だからトップに届く選手は、海外に長期遠征できる家庭環境を持つ者に偏っていく。エアマット付きの常設ジャンプ台が街中にあり、平日の夜でも跳べるという環境は、その構造をひっくり返す装置になりうる。
施設を歩いた成田氏の評価は明快だった。日常的に跳べる。日常的に回せる。育成の本質は、年に一度の華やかな大会ではなく、この「日常」の側にある。
世界大会が開かれる「境町アーバンスポーツパーク」

続いて向かったのが、境町アーバンスポーツパーク。BMX・スケートボード・インラインスケート・スクーターに対応し、屋外の1st(55m×35m)と屋内の2nd(約1,750㎡)を備える。設計・建築はフランスのHURRICANE社が手がけた。
2025年11月には「IBARAKI SAKAI Urban Sports Fes.」として、UCI BMXフリースタイル・ワールドカップ最終戦が開催され、世界のトップライダーがこの町に集まっている。屋内施設とテニスコートには、年度内のエアコン設置が予定されているという。
ここで私たちが注目したのは、大会の華やかさではなく、その後に何が残ったかだった。
この環境を目当てに、現役で世界大会に出場する選手が指導者として境町に移住している。家族で移り住んだ中学生のBMX女子選手は、エリートクラスで優勝を果たした。施設が人を呼び、人が選手を育て、選手が町の物語になる。ジャンプ台で成田氏が語った「日常」の論理が、こちらではすでに結果として現れていた。
一方で、率直な疑問も浮かんだ。一部が物置のようになっている箇所があるのはなぜか。短期間でこれだけの整備を成し遂げた自治体は全国的にも稀だが、その勢いと運用の精度は、必ずしも同じ速度で進むわけではない。
だが、この疑問こそが次の問いへの入口になった。人口2万4千人の町が、なぜこれをやれたのか。
45年連続で借金が増え続けた町
答えは、財政の出発点にある。
橋本正裕町長が就任したのは2014年2月。1975年生まれ、芝浦工業大学の建築工学科を出て境町役場に入り、いったん退職して町議に転じ、35歳で全国最年少の議長を務めた人物である。その町長が引き継いだ財政は、公開インタビューによれば「借金は45年連続で増え続け、将来負担比率は180%超。全国1741市区町村の中でも下から29番目」という状態だった。
つまり境町の施策群は、潤沢な財源があったから打てたのではない。財源がなかったから、財源をつくるところから始めた。順序が逆なのだ。
6万5千円から99億円へ 原資を、自分でつくる
その財源づくりの中核が、ふるさと納税だった。
境町の寄付額は2013年度にわずか6万5千円。それが2015年度に8.6億円、2018年度に60.8億円、そして2023年度には99.4億円(全国11位)に達した。2024年度は60.0億円と反動減があるものの、関東地方では7年連続で1位を守り続けている。
町長がこの間に語ってきた方法論は、驚くほど身も蓋もない。「何も持っていないからこそ、売りを作って稼がなければいけない」。そして「とにかくマーケティングリサーチです。売れる返礼品は何かを徹底的に調べ」る。
特筆すべきは、その順序である。境町は「町にある特産品を返礼品にした」のではない。売れるものを調べ、工場を建て、農家に栽培を依頼して、干し芋という主力商品を後からつくった。全国で初めて食事券を返礼品に採用したのも同じ発想だ。実行主体である株式会社さかいまちづくり公社は、当初3人でスタートし、いまや従業員180名以上・年商30億円超の規模になっている。
境町のふるさと納税は、寄付集めの制度ではなく産業政策として運用されている。地場産品に限定することで「3割のお金が町に落ち、雇用も生まれ好循環が生まれている」と町長は説明する。財政指標も、将来負担比率が2028年度に27.6%まで改善する見通しにまで転じた。
そして集まった原資は、24分野から寄付者が選べる使途を通じて町へ還る。その選択肢には「子どもたちの海外教育に関する事業」やアーバンスポーツ世界大会の誘致まで並んでいる。この日、私たちが10分圏内で巡った施設群は、そのままふるさと納税の出口でもあったわけだ。
さらに境町は、公共施設について「持ち出しゼロ」のモデルを採る。施設をどう使うかを先に決め、運営する事業者と一緒に設計する。だから、建ててから使い道を探すことにならない。
本命だった「さかい子育て支援センター S-WORK+KIDS」

そして私たちは、この日の本来の目的地にたどり着く。
全天候型の子育て支援施設「さかい子育て支援センター S-WORK+KIDS」。運営はNPO法人子連れスタイル推進協会で、副館長の三宅氏が館内を案内してくれた。
屋外の庭は、境町出身でウエルシア創業者の鈴木氏による寄付で成り立ち、奥の建物は県補助金とふるさと納税を組み合わせて整備された。一般的な子育て支援センターは保育園併設型で土日休み、対象も3歳前後までにとどまることが多い。ここは土日も開き、対象を「下のお子さんが小学校3年生になるまで」と広く取る。10分刻みの入場札で時刻を記録し、同時利用は20組まで。平日40〜80人、週末は200人を超え、多い日は300人に達する。
だが成田氏が「見に行きませんか」と言った理由は、数字ではなく動線の思想の側にあった。
使用済みおむつは持ち帰りが原則の施設が多いなか、ここでは町の理解を得て館内処分を認めている。帰りにスーパーへ寄る親の生活動線への配慮である。館内には配信スタジオが置かれ、月1回は女性弁護士による個室の法律相談が入る。土曜午後は近隣自治体からの送迎付き学習支援の会場になり、ハローワークの就職相談も同じ建物で行われる。親が仕事をし、隣で子どもが宿題をする。その光景が、演出ではなく日常として成立していた。
災害への構えも具体的だった。断水すれば粉ミルクは作れない。避難所には授乳の場も物資もない。だからこそ平時から母乳を部分的にでも続けておく意味がある──現場の言葉で語られる。避難時の性被害リスクを下げるため「授乳していると分かりにくい授乳服」を勧める、というところまで踏み込む。防災を「もしも」の棚に上げず、日常の設計に溶かし込む発想である。
三宅氏自身、助産師として活躍し、その後スペインに6年暮らし、現在も夏の1ヶ月はスペインに滞在する経歴を持つ。「大人の居場所が日本には足りない」──バルや公園にチェス盤やカード卓が置かれ、立ち寄りが多世代交流の土台になる国を見てきた人の実感だった。同時に「小学校高学年から中学生の行き場がない」という課題も率直に語られた。ジャンプ台とBMXパークを見てきた私たちにとって、この指摘は他人事ではない。まさにその年代を、境町のスポーツ施設が引き受けている構図が見えていたからだ。
視察を終えて、感想は一致していた。立派なのは建物ではない。スタッフがいきいきしていることだ。行政施設にありがちな形式的な違和感がなく、仕組みが自然にワークしている。ふるさと納税や事業スキームを整えただけでは、この状態は生まれない。
成田氏が最初に見たいと言った施設は、この日巡った三つのなかで、最も「人」が見える場所だった。
「スポーツもテクノロジーも、手段でしかない」
町の設計は、競技だけにとどまらない。境町は2018年度から「スーパーグローバルスクール事業」として小学1年生からの英語教育を導入し、多数のALTを配置している。小学生の英検受験料を無償化し、長期休暇には姉妹都市であるホノルルへの短期留学を支援する。国際大会を「開催して終わり」にせず、そこで動いた人と英語を町の日常に残そうとする設計思想が透けて見える。
その全体を貫く思想を、町長自身が公開インタビューでこう言い切っている。
「流行に乗り、奇をてらおうとは全く考えていません。それが目的ではないからです。あくまでも、どうすれば町民の生活が豊かになるかが重要で、テクノロジーやスポーツはその手段でしかありません」
自動運転バスも、隈研吾氏の建築も、BMXのワールドカップも、それ自体が目的ではない。「町民のお困り事をよく理解し、どうすれば解決できるかを考え、行動し続けた結果」だという。そして他の自治体に向けては、こう言う。「財源がないなら補助金のとり方を学べばいい。人材がいないなら、民間と組めばいい」。
東京山側が持ち帰った三つの視点
子育て支援施設ひとつを見るだけのはずだった一日から、私たちは三つの視点を持ち帰った。
第一に、原資を自分でつくること。財源がないから何もできないのではなく、財源をつくる事業のほうを先に立ち上げる。境町はふるさと納税を寄付集めではなく産業政策として設計し、公社という運営主体に雇用と売上を持たせた。私たちが拠点を置く東京山側にとっても、観光・体験事業は「地域の魅力を伝える手段」である以前に、地域に原資と雇用を残す事業でなければならない。
第二に、施設は「使われ方」から逆算すること。持ち出しゼロモデルの本質は資金調達の技術ではなく、運営者を設計段階から巻き込む順序にある。西多摩・妙高・真鶴の三拠点で構想している教育型合宿事業でも、拠点を取得してからプログラムを考えるのではなく、誰がどの季節に何人を受け入れるかを決めてから箱を選びたい。
第三に、拠点を集約すること。この日、三つの施設を半日で巡れたのは、それらが車で10分圏内に収まっていたからだ。個々の施設の質と同じくらい、拠点間の距離がプログラム設計を左右する。広域に点在する東京山側にとって、これは最も直接的な宿題である。
そして、これらすべての前提として。箱をどう建てるかより、誰がそこに立つか。イベントをどう打つかより、日常をどう回すか。子育て、防災、教育、就労、スポーツ──それらを別々の窓口ではなく、ひとつの生活動線の上に並べ直すこと。成田氏が構想する、幼少期の遊びと安全教育から選手候補生までをつなぐ「スライド式」の育成モデルも、発想は同じ線上にある。
「見に行きませんか」の一言から始まった半日は、当初の予定を三倍に膨らませて終わった。今後は、橋本町長ら町のキーマンに話を伺っていきたい。
寄稿者:西川 佳克(にしかわ・よしかつ)TMS特任記者 / (株)東京山側DMC