東北6県と新潟県を対象に広域観光を推進する東北観光推進機構は、2026年度から第6期中期計画を始動した。インバウンドの拡大、高付加価値化、持続可能な観光地域づくり、データを活用したマーケティングなどを重点施策に掲げ、東北全体の成長戦略を進めている。
人口減少や担い手不足が深刻さを増す東北において、観光には交流人口の拡大だけでなく、地域経済を支え、住民の誇りを育む役割も期待される。JR東日本観光戦略室長や日本政府観光局(JNTO)地域連携部長などを歴任し、2026年に東北観光推進機構専務理事へ就任した渡辺厚氏に、東北観光推進機構が担う役割や東北観光の現状、第6期中期計画で目指す姿について聞いた。(7月30日、宮城県仙台市の東北観光推進機構で)
約35年の観光経験を東北へ
――これまでの経験を、東北の観光振興にどのように生かしていきたいと考えていますか。
私は1991年にJR東日本へ入社して以来、約35年間、一貫して旅行業や観光分野の仕事に携わってきました。
JR東日本では、新幹線はじめ鉄道を利用した旅行商品の造成をはじめ、地域と連携したデスティネーションキャンペーンなどを担当しました。鉄道会社の観光事業は、単にお客様を目的地まで運ぶだけではありません。地域の皆さまと一緒に魅力を掘り起こし、旅行商品として形にし、実際の来訪につなげる仕事です。
2018年から約2年半は、日本政府観光局(JNTO)に勤務しました。東京、京都、大阪を巡るゴールデンルートだけでなく、地方へ外国人旅行者を呼び込む地方誘客に取り組み、自治体や観光事業者とJNTOを結ぶ地域連携部の立ち上げにも携わっています。
その後、JR東日本の観光戦略室長を経て、2023年に東北観光推進機構へ移り、推進本部長として3年間、東北の観光振興を担ってきました。そして2026年6月、専務理事に就任しました。 これからは「東北」を主語にして、東北から世界へ魅力を発信していきたいと考えています。これまでのキャリアの集大成として、東北のために力を尽くしていくことが私の役割です
県境を越える広域観光のハブ
――自治体や地域DMOと比べ、東北観光推進機構のような広域組織には、どのような役割が求められるのでしょうか。
東北観光推進機構は2007年に設立されました。東北6県と新潟県、仙台市、東北経済連合会、商工会議所、民間企業などが参画し、官民一体で広域観光を推進しています。
自治体や地域DMOは、それぞれの市町村や地域における観光地域づくりを担っています。一方、私たちの役割は、県境を越えて東北全体の戦略を描き、地域と地域をつなぎ、東北一体で誘客促進を図ることです。
特にインバウンドや教育旅行では、一つの県や市町村だけで完結するのではなく、複数の地域を周遊する視点が欠かせません。旅行者にとって、行政上の県境や市町村境はそれほど重要ではありません。「宮城県で何ができるか」「岩手県で何ができるか」だけではなく、「東北でどのような体験ができるのか」という目線で旅を考える必要があります。
私たちは各県、自治体、地域DMO、観光事業者の間に立ち、東北ならではの魅力を共通の戦略に基づいて国内外へ発信します。国やJNTOの施策を東北各地に届けるとともに、地域の魅力を広域でつなぎJNTO等と連携し世界に発信していくことは広域連携DMOとしての重要な役割です。
個々の地域の魅力を尊重しながら、それらを県境を越えて結び付け、一つのストーリーとして提案する。その調整役、ハブになることが、東北観光推進機構だからこそ果たせる役割だと考えています。
観光消費を地域内で循環させる
――第6期中期計画では、どのような東北観光の姿を目指しているのでしょうか。
第6期中期計画の根底にあるのは、観光を通じた持続可能な地域づくりです。
人口減少や担い手不足が進む東北では、地域の産業や暮らしを将来にわたって維持する仕組みをつくらなければなりません。観光には、交流人口や関係人口を増やし、地域の外から人と消費を呼び込む役割があります。
ただし、来訪者数や宿泊者数を増やすことだけを目的にしてはいけません。最も重要なのは、観光が地域経済にどれだけ寄与したかということです。人数だけでなく、旅行者一人当たりの観光消費額を高め、地域内でお金が循環する仕組みを築く必要があります。
例えば、地域の食を旅行者に提供する場合、飲食店や宿泊施設だけが利益を得るのではなく、農業や漁業などの生産者にも利益が届く構造にしなければなりません。観光の効果が幅広い産業へ波及してこそ、観光は地域を支える基幹産業になり得ます。
私たちが掲げているのは、旅行者、観光事業者、地域住民、そして自然や文化のそれぞれに利益がある「四方よし」の観光です。
旅行者に満足していただき、事業者が適正な利益を得て、住民が観光の効果を実感する。同時に、地域の自然や文化、暮らしを守り、次世代へ引き継いでいく。その状態を東北全体で実現することが、第6期中期計画で目指す姿です。

――データを活用することで、東北の観光戦略はどのように変わるのでしょうか。
観光による地域への効果を高めるためには、データに基づいて戦略を立てることが重要です。
東北観光推進機構では、2021年から「東北観光DMP」を運用しています。DMPは、観光に関するさまざまな情報を蓄積し、分析するデータ基盤です。ウェブサイトやSNSへのアクセス状況をはじめ、外国人旅行者がどのように移動しているのか、どの地域でクレジットカードが利用されているのかといった傾向も分析できます。
観光の仕事では、長年の経験や現場の勘も大切です。しかし、経験や勘だけで戦略を立てても、多くの関係者に納得してもらい、同じ方向へ進んでいただくことは難しい場合があります。データを基に戦略を立て、施策を実行し、その結果を検証して次の取り組みに反映する。この循環を着実に回していくことが重要です。
東北観光DMPは、東北観光推進機構だけでなく、自治体や地域DMOにも活用していただけます。各地域が自分たちの状況を分析する一方で、私たちは東北全体を俯瞰し、広域の視点から戦略を組み立てます。データに裏付けられた方向性を示し、地域との合意形成を図りながら施策を進めることで、東北の広域観光を動かす司令塔としての機能を強めていきます。
インバウンドの伸びと国内旅行の課題
――東北の観光需要は、国内外でどのように変化していますか。
東北を訪れる外国人旅行者は増加傾向にあります。ただし、日本全体の外国人旅行者数に占める東北の割合は、依然として2%に満たない状況です。
一方、東北には自然、歴史、文化、食、温泉、雪など、海外へ発信できる観光資源が数多くあります。2025年の東北6県における外国人延べ宿泊者数は前年を大きく上回り、2026年に入ってからも全国と比較して高い伸びを示しています。
背景の一つに、訪日リピーターの増加があります。日本を訪れる回数が増えるほど、旅行者の関心は東京、京都、大阪を中心とするゴールデンルート以外の地域へ広がります。その中で、東北も次の目的地として選ばれやすくなっています。
季節別に見ると、現在は1月から2月が大きなピークです。スキーだけでなく、台湾、香港、タイなど雪の少ない地域から、雪景色や雪遊びを楽しむために訪れる旅行者も増えています。日本の良質なパウダースノーは「JAPOW」と呼ばれ、世界的に注目されています。北海道のニセコや長野県の白馬に続く目的地として、安比、蔵王、夏油など、東北のスノーリゾートにも大きな成長の可能性があります。
ただ、桜の時期が終わる5月から紅葉前の9月ごろまでは、旅行者が少なくなる傾向があります。新緑や花、トレイル、祭り、海や山での体験などを組み合わせ、初夏から秋にかけての魅力を高めることが課題です。
また、インバウンドが伸びている一方、東北の国内旅行はコロナ禍前の水準まで回復していません。東北域内の旅行の減少、高齢化による団体旅行の縮小、交通費の上昇、宿泊施設の人手不足など、複数の要因が重なっています。
まずは国内需要をこれ以上減らさず、コロナ禍前の水準を維持することを土台に据える。その上で、インバウンドの拡大を進めることが必要です。
「本物の日本」を海外へ
――東北は海外に向けて、どのような観光ブランドを築こうとしているのでしょうか。
私たちは、海外における東北のブランドを考える上で、「オーセンティック・ジャパン」という考え方を大切にしています。
東北観光推進機構とJNTOが海外の旅行会社やメディア関係者を招いて実施したアドベンチャーウィーク2025東北では、参加者から「東北には、ありのままの日本が残っている」という評価をいただきました。歴史や文化、自然、食、地域の暮らしが一体となり、まだ世界に広く知られていない日本の姿が残っている。それが東北の大きな価値です。
東京から仙台までは新幹線で約90分、青森までも約3時間で移動できます。首都圏からアクセスしやすい一方で、豊かな自然や文化があり、過度な混雑もありません。こうした環境を一体的に伝えていく必要があります。
そして、私は東北の最大の魅力は、地域で暮らす「人」だと考えています。旅館の従業員、地域のガイド、飲食店の店主、地域住民との交流が旅行者の心に残ります。その体験がSNSや口コミを通じて発信され、次の旅行者を呼び込んでいきます。
広告だけで東北の魅力を伝えるのではありません。旅行者が実際に地域を訪れ、人と出会い、東北を体感する。そこで得られる経験価値そのものが、最も重要なプロモーションになると考えています。

人材育成が将来の観光を支える
――東北観光を担う人材を、今後どのように育てていきますか。
東北観光の発展に向けた大きな課題の一つが、人材不足です。宿泊施設や交通事業者など、観光の現場を支える人材が不足しています。それだけでなく、地域の観光戦略を考え、関係者をつなぎ、事業として実行できる人材も必要です。
東北観光推進機構では、45歳以下の東北・新潟の若手を対象とした観光人材育成塾「フェニックス塾」を、約10年前から実施しています。参加者は行政職員、観光事業者、鉄道、航空、旅行会社、金融機関、広告会社、フリーランスなど多岐にわたります。
異なる立場の人たちが一緒に地域の魅力や課題を学び、解決策を考えます。これまでに約400人が卒塾しており、県境や組織を越えたネットワークが生まれています。こうした人と人とのつながりは、東北全体で観光を進める上で非常に大きな財産です。
高付加価値な観光を実現するためには、ガイドの育成も欠かせません。観光名所を案内するだけでなく、その地域の歴史、文化、自然、暮らしを一つの物語としてガイドがお伝えすることで、旅行者が感じる体験価値は大きく高まります。
地域ごとのガイドに加え、複数県を巡りながら東北全体を案内できる「スルーガイド」の育成にも取り組んでいます。東北を一つの広域観光圏として伝えられる人材を増やしていきます。
みちのく潮風トレイルが示す広域連携

――東北らしい広域観光を実現している事例には、どのようなものがありますか。
東北には各地に魅力的な観光コンテンツがありますが、東北らしい広域観光の代表的な事例として、「みちのく潮風トレイル」が挙げられます。青森県八戸市から福島県相馬市まで、太平洋沿岸を1,000キロ以上にわたって結ぶロングトレイルです。東日本大震災からの復興を象徴する取り組みとして、地域住民、沿線自治体、DMO、環境省などが連携して整備してきました。
県境や市町村境を越えて一本の道が続いているため、東北の広域連携を象徴する観光コンテンツでもあります。歩く旅では、風景や自然を楽しむだけでなく、地域住民と言葉を交わす機会が生まれます。沿線で旅行者にお茶を振る舞ったり、声をかけたりする住民は「トレイルエンジェル」と呼ばれています。
私たちは、旅行者が地域の人や暮らしとどれほどつながれるかを「地域接続率」と表現しています。みちのく潮風トレイルでは、東北の自然、震災からの復興、人々の暮らしを一体として伝えることができます。歩くことを通じて地域との接点が生まれ、その地域への理解が深まります。
今後は、魅力的な体験コンテンツを造成するだけでなく、予約、販売、手荷物輸送、現地での受け入れなどを仕組み化することが必要です。旅行者が利用しやすく、地域にも適正な利益が残る流通構造を整えていかなければなりません。
地域との対話を広域戦略へ
――自治体、DMO、交通事業者、民間企業とは、今後どのような連携を進めていきますか。
東北全体で広域観光を進めるには、自治体、DMO、交通事業者、民間企業との連携が欠かせません。
東北観光推進機構では、東北6県・新潟県と仙台市の観光部局の皆さんとの定期的な会議に加え、民間企業や地域DMOとの情報交換を進めています。また、各地域DMOを年に一度は訪問し、それぞれの地域が抱えている課題や今後の方向性について、個別に意見を伺う機会も設けています。
広域組織が一方的に方針を示し、各地域に従っていただくという進め方ではうまくいきません。データを根拠として東北全体の方向性を共有し、各地域に納得していただいた上で、それぞれの戦略や具体的な事業へ落とし込むことが重要です。
各県や地域には、それぞれ異なる魅力や課題があります。地域の声を丁寧に聞きながら、共通する課題については広域で解決し、個々の魅力については県境を越えて結び付ける。そうした対話を積み重ねていきたいと考えています。
観光が地域の誇りを育てる
――観光は、地域住民や若い世代にどのような効果をもたらすと考えていますか。
観光の成果を、来訪者数や宿泊者数だけで測るべきではありません。地域内でどれだけ消費が生まれたのか、雇用につながったのか、住民の暮らしにどのような効果があったのかを可視化することが必要です。また、旅行者から地域の自然や文化を評価されることで、住民自身が地元の価値に気づくことがあります。
地域の人にとっては当たり前だった景色や食、文化、暮らしが、外から来た人にとっては大きな魅力になる。「自分たちの地域には、これほど価値があったのか」と気づく経験は、地域への誇りであるシビックプライドにつながります。
若い世代は、進学や就職を機に一度地域を離れることがあると思います。しかし、外から地域を見ることで、地元の良さを改めて理解することもあります。その人たちが、将来の担い手として地域に戻ってくる可能性もあります。
観光は、旅行者のためだけのものではありません。地域住民が自分たちの地域を見つめ直し、その価値を次の世代へ引き継ぐきっかけにもなります。
第6期中期計画で目指す東北観光
――最後に、第6期中期計画の3年間に向けた展望をお聞かせください。
東北には、豊かな自然、歴史、文化、食、温泉、雪、そして地域で暮らす人々の温かさがあります。これらを県境を越えて結び、旅行者に一つの物語として届けていくことが重要です。
同時に、観光によって生まれた利益が、宿泊施設や観光事業者だけでなく、農業、漁業、交通、商業など幅広い産業へ波及し、地域内で循環する仕組みをつくらなければなりません。そのためには、地域との対話を重ね、データに基づいて戦略を立て、実行した結果を検証しながら改善を続けることが必要です。
旅行者に選ばれ、地域の事業者が適正な利益を得て、住民が観光の効果を実感し、自然や文化が次世代へ受け継がれる。そうした「四方よし」の観光を、東北全体で実現したいと考えています。
東北の魅力を国内外へ届けるとともに、観光を地域の持続的な発展につなげる。第6期中期計画の3年間を通じて、旅行者と地域住民の双方にとって持続可能な東北観光を目指していきます。
※渡辺厚(わたなべ・あつし)=東北観光推進機構専務理事。1991年にJR東日本へ入社し、旅行商品の造成やデスティネーションキャンペーンなど、旅行・観光分野に従事。2018年から日本政府観光局(JNTO)に勤務し、地方誘客や地域連携部の立ち上げに携わる。その後、JR東日本観光戦略室長を経て、2023年に東北観光推進機構へ。推進本部長を務め、2026年に専務理事へ就任。
取材・聞き手 ツーリズムメディアサービス特任記者 気仙沼DMC 熊谷綾