井林辰憲国土交通相は9月24日、国土交通省で専門紙との就任会見に臨み、観光、自動運転、物流、港湾、航空など幅広い政策課題について考えを示した。観光では、2030年の訪日外国人旅行者数6000万人、旅行消費額15兆円の目標に向け、地方誘客やオーバーツーリズム対策、インバウンド市場の多様化を進める方針を表明。中国からの訪日客が減少する中での今後の誘客については、国・地域ごとの消費額や滞在期間を分析し、旅行消費額の高い市場を戦略的に取り込む考えを示した。
井林氏は9月17日に高市内閣の国土交通相に就任した。就任会見では、国民の安全・安心の確保、力強い経済成長、地域づくりなどを重点課題に挙げている。
訪日6000万人・15兆円、「観光を国の戦略産業に」
井林氏は観光について、2025年の訪日外国人旅行消費額が9.5兆円に達したことに触れ、「非常に稼ぐ力を持っており、重要な分野」との認識を示した。その上で、3月に策定した第5次観光立国推進基本計画に掲げる2030年の訪日客6000万人、消費額15兆円の目標達成に向け、「観光を国の戦略産業としてさらに発展させていくことが重要」と述べた。
第5次計画では、「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」「国内交流・アウトバウンド拡大」「観光地・観光産業の強靱化」を3本柱としている。井林氏は、国際観光旅客税も最大限活用しながら施策を進める考えを示した。政府の基本計画でも6000万人・15兆円の目標を維持し、地方部への宿泊やリピーターなど「量」だけではない指標を強化している。
井林氏は、自身が国土交通省職員だった当時は訪日客が1000万人に届いていなかったと振り返り、現在は4000万人を超える規模まで急成長したことで、新たな課題も生じていると指摘した。
具体的には、観光地での過度な混雑やマナー違反、民泊の適正な運営などを挙げ、「オーバーツーリズム対策の強化」が必要と説明。一方で、都市部や著名観光地への集中を地方へ分散するため、交通ネットワークの機能強化や、特定市場に偏らない訪日客の誘致にも力を入れる考えを示した。
「稼ぐ力を地方の隅々まで行かせ、この国全体が成長していく、そういう産業に育てていきたい」と語り、インバウンドの経済効果を地域へ波及させることを重視した。
中国客減少をどう見る 「消費額や滞在期間を分析」
会見では、中国からの訪日客が減少し、8月も前年を下回っている状況を踏まえ、今後どの市場に重点を置いて誘客するのか、また訪日政策をどのような指標で評価するのかとの質問も出た。
井林氏は、現在の観光政策について「人数だけじゃなくて消費金額も出してきた」と説明。訪日客数だけを追うのではなく、一人当たりの旅行消費や滞在期間なども重視する姿勢を示した。
国・地域によって旅行消費額や滞在期間が異なることから、こうしたデータを分析した上で、「より消費金額の高い国のところに焦点を絞って誘致していくことがまず重要」と述べた。
中国市場については、個人旅行者が引き続き日本を訪れていることにも触れ、日本を旅行先として「選んでいただけるように、しっかり宣伝していくことも重要」と説明した。中国市場を維持しながら、他の国・地域からの誘客も広げることで、訪日市場の多様化を進める考えだ。
地方誘客、交通ネットワークの強化も課題
地方へのインバウンド誘客では、観光コンテンツの造成やプロモーションだけでなく、地域まで旅行者を運ぶ交通網も重要になる。
井林氏は基本計画に沿って「地方誘客」を重点施策に位置付け、交通ネットワークの機能強化と市場の多様化を進める考えを示した。訪日客が地方へ移動し、宿泊や飲食、体験など地域での消費につながる環境を整えることで、インバウンドの成長を地域経済にも波及させたい考えだ。
第5次観光立国推進基本計画でも、地方誘客を通じたオーバーツーリズム対策を掲げるとともに、地方部への訪問意欲が高いリピーターや地方部での延べ宿泊者数を新たな目標として重視している。
成田空港、アクセス含め「国家プロジェクト」で機能強化
航空分野では、訪日客の受け入れ基盤となる成田空港について、滑走路だけでなく旅客ターミナルや貨物施設、空港アクセス、周辺産業まで含めた機能強化を進める方針を示した。
井林氏は、人や物が集まる拠点が国の成長に重要との考えを示し、成田空港と羽田空港の一体的な運用を「我が国の成長、経済力に関して重要なテーマ」と位置付けた。
成田ではB滑走路の延伸やC滑走路の新設に加え、増加する旅客・貨物を受け入れるため、ターミナルや貨物取扱施設、道路、鉄道など空港アクセスの強化が必要と説明。空港周辺の産業基盤整備も含め、「国家プロジェクトとして進めていく」と述べた。
羽田については国内線ネットワークや深夜・早朝への対応、成田では国際線やLCC、貨物など、それぞれの強みを生かしながら首都圏空港全体の機能を高める考えを示した。
自動運転、交通空白と担い手不足の解決へ
自動車政策では、自動運転を産業政策だけでなく、地域の「交通空白」やドライバー不足を解決するための重要な技術と位置付けた。
井林氏は、自動車が国民の主要な移動手段であり、物流でも大きな役割を担っていることに加え、自動車産業自体が日本の主要な輸出産業である点を強調。自動運転については、交通空白や担い手不足への対応、交通安全の向上、日本メーカーの国際競争力という複数の観点から社会実装を進める必要があるとした。
国交省の「自動運転社会の実装本部」のもと、AIを活用した技術開発や各地域での導入支援、道路インフラ側からの支援などを進める。
高度運転支援では「レベル2++」の優良車認定制度を創設する方針で、「自動車のユーザーが安全性の高いシステムを搭載した車両をより選択しやすい環境」を整える考えを示した。
ライドシェア「まず既存制度で交通空白を解消」
ライドシェアについては、現在の日本版ライドシェアや公共ライドシェアの活用を拡大し、交通空白の解消を進めることが国交省の基本的な立場だと説明した。
一方、「規制緩和や構造改革の議論を一切受け付けないというつもりはない」とも述べ、制度見直しの議論そのものを否定する考えではないとした。
ただ、有償で旅客を運ぶ以上、運行管理や車両整備、事故時の責任、ドライバーの労働条件を確保する必要があると強調。自家用車のドライバーだけが運行責任を負う仕組みについては、安全や利用者保護の面から問題があるとの認識を示した。
物流、2030年の輸送力不足に備える
物流分野では、人口減少や高齢化に伴うトラックドライバー不足が深刻化しているとして、2030年に向けた輸送力確保を急ぐ。
井林氏は、有識者検討会の試算として、対策を講じない場合には2030年に約7%、最大25%の輸送力不足が生じる可能性があると説明。「2030年はもうすぐ」と危機感を示した。
高速道路でのレベル4自動運転トラックの早期社会実装や、鉄道・船舶・航空などを組み合わせる「新モーダルシフト」、物流DXを推進するほか、トラック・物流Gメンによる荷主への是正指導や商慣行の見直しも進める。
港湾ロジスティクス、経済安全保障にも対応
港湾分野については、日本成長戦略の17分野に位置付けられた「港湾ロジスティクス」を柱に、国際競争力と経済安全保障の強化を進める。
井林氏は、物流を他国に依存するリスクや港湾機能が停止した際のサプライチェーン途絶を挙げ、自立的な港湾ロジスティクス、サイバー・フィジカル両面での強靱化、担い手の確保・育成が必要と説明した。港湾荷役機械、サイバーポート、次世代型倉庫について官民投資ロードマップを進める。
国土交通省職員時代に東北地方整備局で港湾行政を担当した経験にも触れ、日本の港湾が国際基幹航路から選ばれるためには、港湾そのものの機能強化だけでなく、輸出入貨物を確保して「入と出」のバランスをつくることも必要だとした。
井林氏は会見を通じ、人や物、資金が地域に集まる環境をつくることを国土交通行政の役割として強調した。観光では訪日客数の拡大だけでなく消費額や地方への波及、自動運転では技術開発だけでなく地域交通の維持、空港・港湾では施設整備だけでなく周辺地域の成長までを視野に入れる。今後、6000万人・15兆円という訪日目標と住民生活との両立をどう進め、観光の成長を地方経済へ広げていくかも国交行政の大きなテーマとなる。
取材 ツーリズムメディアサービス代表 長木利通