東京都は令和8年10月14、15日、「令和8年度 誰もが楽しめる自然体験型観光推進事業」の一環として、奥多摩町の都立奥多摩湖畔公園「山のふるさと村」で「奥多摩ネイチャーウォーク体験会」のモニターツアーとワークショップを実施した。旅行業者や観光関連事業者らが、障害のある参加者とともに、車いすけん引装置「JINRIKI」やアウトドア用車いす「HIPPOcampe」を活用し、移動支援やキャンプ、森歩きなどを体験した。事業者らは車いすに乗る役と支援する役を交代しながら、路面による移動の違いや坂道での乗り心地、支援に必要な人数などを確認。機材の使い方に加え、宿泊や食事を含め、誰もが自然を楽しむために必要な工夫を実地で学んだ。
モニターツアーには、応募した障害者3人とその介助者、旅行会社、観光や介護関連事業者、自然体験プログラムを提供する事業者など約20人が参加した。以下、ワークショップの様子を紹介する。

自然体験を旅行商品へ、誰もが楽しめる観光を推進
会場となった山のふるさと村は、秩父多摩甲斐国立公園内の奥多摩湖南岸に位置する自然体験施設。豊かな森林と沢に囲まれた園内には、自然散策を楽しむトレイルのほか、テントサイトやケビン(簡易コテージ)、ビジターセンターなどが整備されている。森歩きやキャンプ、クラフト体験などを通じ、東京にいながら山と湖の自然に親しめることが魅力だ。

初日は、山のふるさと村でワークショップを開催し、冒頭には東京都産業労働局観光部受入環境課長の西島裕樹氏があいさつ。モニターツアーの取り組みは今年で3年目、開催は今回で10回目になると説明し、多摩や島しょの自然体験を通じて、事業者による旅行商品づくりにつなげることが目的だと話した。
今回は、宿泊を伴うインクルーシブキャンプを試行する機会と紹介。高齢者や障害のある人が快適に過ごせることは、「誰でも快適に過ごせる」観光につながるとし、参加者に体験を楽しみながら旅行商品づくりに取り組んでほしいと呼び掛けた。
自然を生かし、道具と人で「バリアパス」
ワークショップでは、バリアパス代表で「JINRIKI」発明者の中村正善氏が、「家族で楽しむ車いすキャンプ~バリアフリーからバリアパスへ」をテーマに講義。車いすで自然体験を楽しむための考え方や支援方法を紹介した。
中村氏は、参加者に車いすに乗る役と押す役を依頼し、約1センチの段差を越える実演から講義を始めた。小さな前輪が段差に引っ掛かることを説明した上で、前輪を浮かせて移動する方法や、JINRIKIを取り付け、てこの原理を利用して前方から引く仕組みを紹介。道具だけでなく、操作のノウハウによっても移動できる範囲は変わる一方、過信せず練習することが必要だと伝えた。

また、施設や道路の整備には費用がかかり、自然環境の保全などとの両立も課題になると説明。障壁をなくすだけでなく、道具や人の支援によって越える「バリアパス」の考え方を示した。
支援の際は、力ずくで車いすを押したり、突然体を引いたりせず、「何かお手伝いできますか」と本人に確認することが大切だと強調。車いす利用者でも段差を自分で越えられる人がおり、困り事や必要な支援は一人ひとり異なると説明した。「前を持ち上げますよ」などと動作の前に声を掛けることも紹介し、「その応答を確認することが重要」と、支援する側の思い込みで対応を決めないよう呼び掛けた。
キャンプの準備では、移動、食事、寝る場所を確保する視点を紹介。食事用のブレンダーなどを使うための電源コードや、湯を沸かせるカセットコンロ、寝る際のエアベッドや折り畳み式ベッドなどを実物とともに示し、参加する人に合った道具を用意することの重要性を伝えた。

必ずしも専用の道具をそろえる必要はなく、毛布など身近なものやレンタル品も活用できると説明。移動支援の技術を観光や日常で身に付けることは、災害時の避難にもつながるとした。最後に、「最初からダメだと諦めないで、じゃあどうしたらいいだろう」と呼び掛け、工夫しながら体験の選択肢を広げてほしいと伝えた。
車いすに「乗る・押す・引く」を体験
講義後のキャンプ場での実地体験では、NPO法人ユニバーサルツーリズム総合研究所理事長の長橋正巳氏、ユニバーサルツーリズムアドバイザーでオフィス・フチ代表の渕山知弘氏らが、車いすの基本操作から説明。参加者は車いすに乗る役、後ろから押す役、前から支援する役を交代しながら、舗装路から砂利のある斜面へ移動。未舗装の坂では前輪が引っ掛かり、複数人の支援が必要になることを体感した。講師からは、短い距離では対応できても、長い坂道では支援者の負担が大きくなるとの説明もあった。

続いて、JINRIKIを取り付けた車いすやアウトドア用車いすHIPPOcampeで、同じような斜面を移動した。中村氏が装置の持ち方や車いすの姿勢、速度調整などを実演し、参加者は前後で協力しながら上り下りを体験。機材の有無による操作性や乗り心地の違いを確かめた。翌日の意見交換会では、試乗した旅行会社の参加者から、JINRIKIを使うことで安心感があったとの声も出た。

また、機材を保管するだけでなく、観光の現場で日頃から使うことが、災害時に活用できる人を増やすことにもつながると説明。自然体験での活用と、いざという時の移動支援を結び付ける視点も紹介された。

テントの広さやベッドの高さにも工夫
キャンプ体験では、中村氏が寝室とリビングを備えた2ルームテントを紹介した。参加者は実際に中へ入り、入り口の広さや天井の高さ、車いすで利用する際の空間を確認。テントの種類によって、出入りや中での過ごしやすさが変わることを学んだ。

テント内には、脚付きの折り畳み式簡易ベッド「キャンプコット」も設置した。中村氏は、床に近い低いベッドでは車いすから移りにくい場合があるとして、高さを考えて機材を選ぶことを説明した。テントを用意するだけでなく、寝起きや移乗まで含めて考える必要がある。
このほか、設営しやすいテントや熊対策スプレーの実演、キャンプで役立つロープワークも実施。参加者は、しっかり結べてほどきやすい結び方や、ロープの長さを調整できる「自在結び」を繰り返し練習した。

宿泊にはケビン(簡易コテージ)を利用した。車いす利用者からは、手すりがあることや電動車いすを充電しやすかったことなど、滞在のしやすさを評価する声があった。一緒に宿泊した旅行事業者は、トイレの扉の向きなど、本人から直接話を聞くことで、施設を見る視点が変わったと振り返った。

カツラの香りや動物の痕跡から森を楽しむ
翌15日は、自然教育研究センターのスタッフによるネイチャーウォークを実施した。同センターは山のふるさと村のビジターセンターなどで自然解説を行っており、参加者はガイドの案内で、森の動植物の話を聞きながら自然路を歩いた。

道中では、シカの寝床や獣道など、動物が活動した痕跡を観察。山に生えるナシの実やサンショウなども紹介され、参加者は実や葉の香りを確かめながら、身近な食べ物と森の植物とのつながりに触れた。
坂を下る途中では、周囲に漂う甘い香りに注目。その正体は、足元に落ちたカツラの葉だった。参加者は黄色や茶色の葉を集め、香りの違いを確認。ガイドは、木の名前を忘れても、甘い香りの印象は残るのではないかと話した。景色を見るだけでなく、匂いや手触りなども通じて自然を楽しむ時間となった。
移動にはJINRIKIやHIPPOcampeを活用した。一方で、すべての班が同じ場所まで進むのではなく、車いすでの移動状況に合わせ、広場を使った活動に切り替える班もあった。機材で移動を支えながら、参加者に合わせて活動する範囲や内容を調整した。

「息子が一番楽しめることが大切」
森歩きの後は、火起こしを体験し、バーベキューを楽しみながら意見交換を行った。障害のある参加者や家族、旅行会社、交通事業者らが、2日間の体験や今後の活用について感想を述べた。

知的障害のある息子と参加した母親は、ルールが決まった遊びでは理解が難しいことがある一方、今回は坂の上り下りや落ち葉を踏みしめることなど、感覚や体を使って思い切り遊んでいたと紹介。旅先では決められたことをきちんとしなければならないと考えがちだったが、「息子が一番楽しめることが大切」と気づいたと話した。
食事についても、初めてのものを嫌がり、手を付けないことがあるものの、この日は同じ班の参加者が作ったバーベキューをよく食べていたと振り返った。息子も「美味しかった」と応じ、食事を一緒に楽しむ様子が見られた。
車いす利用者からは、多くの人の支援によって楽しく滞在できたとの感想があった。奥多摩を初めて訪れ、鉄道や送迎などを組み合わせることで、自家用車以外にも訪れる選択肢が示された。

旅行商品や企業研修への活用に期待
旅行会社の参加者からは、今回の経験を商品造成やサービス改善につなげたいとの声が出た。ユニバーサルツーリズムに関わるツアーの行程を検討している参加者は、これまで山道などを見て、早い段階で難しいと判断してしまうことがあったと説明。今回の体験で、どうすれば楽しんでもらえるかを考え、工夫することで、難しいと思っていたことが可能になると学んだという。また、家族だけで介助を担う負担を知り、ほかの人と支え合える団体ツアーの意義も感じたと話した。
福祉車両を持つ交通事業者からは、旅行会社などと連携し、それぞれの強みを旅行につなげたいとの意見が出た。一方、今後の企画で依頼するため、講師のプロフィールや料金などを知りたいとの要望もあり、体験を実際の事業につなげるための情報提供も求められた。
有識者として長橋氏は、旅行の相談を受けた際、最初から無理だ、できないと決め付けず、本人と一緒にどうすれば行けるか、体験できるかを考えてほしいと呼び掛けた。また、車いす利用者だけでなく、目の不自由な人や聞こえにくい人に、自然の中でどのような楽しみ方を提供できるかも考えてほしいと伝えた。

「誰もが楽しめる観光」をともに推進
ツアーを締めくくった西島課長は、奥多摩の豊かな自然に囲まれた環境に触れ、観光地としての魅力を改めて実感したと振り返った。訪日客も含めて奥多摩をさらに売り出し、「その魅力をPRしていきたい」と述べた。
その上で、誰もが快適に自然体験を楽しめる環境整備を、東京都としてさらに進めたいと説明。「誰もが楽しめる自然体験型観光推進事業補助金」 などの活用を促し、「一致団結して進めていければ」と事業者らに協力を呼び掛けた。参加者の意見や助言も踏まえ、自然体験型観光を支える施策の拡充に意欲を示した。

車いすで森を進み、落ち葉の香りや感触を楽しみ、仲間と食事を囲む。奥多摩での2日間では、機材や介助で移動を支えることに加え、本人が楽しめる過ごし方を一緒に考えることの大切さが浮かび上がった。旅行会社や観光事業者にとっても、移動、食事、宿泊をともにしながら、一人ひとりに合った自然体験を旅行として届けるための工夫を具体的に学ぶ機会となった。

【参考】
東京都「誰もが楽しめる自然体験型観光推進事業補助金」の詳細は、以下URLから。
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/tourism/kakusyu/nature
東京都「誰もが楽しめる自然体験型観光」特設サイトは、以下URLから。
https://www.sangyo-rodo1.metro.tokyo.lg.jp/tourism/accessible/na