古代人のモニュメント-台地に絵を描く 南国宮崎の古墳景観-
宮崎県初の「日本遺産おひろめかい」
古墳と言えばお墓ですが、2018年に認定された宮崎県初の日本遺産 「古代人のモニュメント―台地に絵を描く 南国宮崎の古墳景観―」の主役は、宮崎平野に残るお墓(古墳)そのものではなく、今日まで受け継がれた、1400年以上前に古代人が選び、築いた大地の風景そのものです。
全国には古墳が数多くありますが、古墳の周囲に建物がほとんどなく、古代の姿を想像できるほど広大な景観が保存されている地域は極めて珍しく、「台地に描かれた巨大な絵」のように見えることから、このストーリー名が付けられました。
2019年2月23日には、この宮崎県初の日本遺産登録を祝し、「日本遺産おひろめかい」が西都市文化ホールにて開催されました。この会には宮崎市の戸敷正市長と西都市の押川修一郎市長も列席され、日本遺産となった古墳景観のロゴマークも発表されました。
私もこの会に招かれ、「日本遺産とは何か~歴史ある古代遺跡を活かす時代」という演題で講演させていただいたのですが、年々、古代史に関心を持たれる人が増えているようです。
この会場に近い宮崎市佐土原町には、私の出身地の名前である「黒田」という地名があり、かつて自分の祖先のルーツを研究していた父と一緒にこの古墳群を訪ねているので、とても懐かしく感じる場所です。
特に西都市の西都原古墳群を見学した父は、出身地である名張市黒田から初瀬街道を東に進んだ美旗古墳群に似ていると言っていましたが、私も今回訪ねてなるほどと思いました。西都原古墳ほど広範囲ではありませんが、美旗古墳群は伊賀地方最大の古墳群で、前方後円墳5基と横穴式石室を持つ円墳も現存しています。

古墳群の見所とコノハナサクヤヒメ伝説
宮崎平野では、一ツ瀬川や大淀川流域の広い台地に数百基もの古墳が築かれ、その多くが農地や森林の中に守られてきました。今回の日本遺産認定は、古墳のジャンルでは初の認定で、築造当時の景観が損なわれることなく残されてきたことが評価されましたが、確かに新富町の新田原(にゅうたばる)古墳群などは、現代の田園風景に馴染んでおり、全く違和感を感じさせません。
新田原(にゅうたばる)古墳群では、円墳、前方後円墳、方墳など約200基の古墳が田園の中に点在しており、田畑と古墳が共存する風景は、「古代から現代まで人々が古墳を壊さず暮らしてきた」ことを物語っています。また、新田原(にゅうたばる)の読みは、開墾の際に「新しく水田を作る」→「新田(にいた)」→「新田(にゅうた)」へと訛っていったのではないかと考えられています。
西都原(さいとばる)古墳群を訪れるならば、まず宮崎県立西都原考古博物館で全体像を学び、その後に古墳群を巡るのがおすすめです。私は、宮崎県立西都原考古博物館見学後、西都原13号墳、女狭穂塚(めさほづか)・男狭穂塚(おさほづか)、鬼の窟(いわや)古墳という順番で巡りました。

西都原古墳の目玉は土星のように見える「鬼ノ窟古墳(206号墳)」ですが、「鬼」の名前がついているのは、富士山本宮浅間神社の祭神で桜のように美しいコノハナサクヤヒメの伝説から来ています。
すなわち、コノハナサクヤヒメに求婚した鬼に対して、ヒメの父は「窟を一夜で完成させれば姫を嫁にとらせる」と約束させられるも、その父は娘を鬼から守るために窟の石を抜き取って完成を阻止したのです。この伝説もあって、この「鬼ノ窟古墳」近辺は、春は菜の花、夏はひまわり、秋はコスモスといった美しい花が彩りを添えてくれます。

また、毎年11月の第一土曜日と翌日の日曜日の2日間にわたって開催される「西都古墳まつり」は、天孫ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの物語を再現した祭典で、西都原古墳群の中心でありながら、通常は立ち入れない宮内庁管轄の男峡穂塚(おさほづか)・女峡穂塚(めさほづか)も一部公開されますので、古代史ファンには魅力です。
古墳時代前期の首長墓群「生目古墳群」
西都原古墳と新田原古墳からは少し離れていますが、私は宮崎市の生目(いきめ)古墳群も印象に残っています。生目古墳群は、宮崎市跡江(あとえ)地区の大淀川西岸の台地上に広がる、南九州を代表する古墳時代前期の首長墓群です。
約3世紀末から7世紀頃まで築造が続きましたが、特に4世紀前半には九州最大級の政治勢力の墓域として発展しました。奈良県の大神神社に近い箸墓古墳の相似形と言われる1号墳や、葺石が再現された5号墳の前方後円墳などは見ごたえがあります。
生目古墳群は、西都原古墳群が最盛期を迎える以前に栄えた首長の墓域で、一般的な流れは、生目古墳群から西都原古墳群、そして新田原古墳群と日向地方の政治の中心が移っていったと考えられています。
私は西都市の西都原古墳(最盛期)、新富町の新田原古墳(後継勢力)、宮崎市の生目古墳(前期王権)と南国宮崎の古墳群をゆっくり見学しましたが、この景観はやはり海外の人にも知っていただきたいので、日本遺産のストーリー認定の次は世界遺産認定を目指すべきだと思いました。

※サムネイルは、宮崎県初「日本遺産おひろめかい」で登壇する平成芭蕉
寄稿者 平成芭蕉こと黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ)クラブツーリズム㈱テーマ旅行部顧問/(一社)日本遺産普及協会代表監事