国土交通省の鶴田浩久・国土交通審議官が8月7日付で就任した。交通分野を中心に30年以上、国土交通行政に携わってきた鶴田氏がいま重視するのは、単に「交通を良くする」のではなく、「交通で社会の何を良くするのか」という視点だ。自動運転や物流、海運の脱炭素、空港アクセス、国際観光など、複数の局にまたがる課題が増える中、分野の垣根を越えた政策づくりを進める考えを示す。今回は、自動運転の社会実装から国際物流、空港アクセス、双方向の観光交流まで、国土交通政策の今後について聞いた。 (取材日は、9月14日)
「交通を良くする」だけではない
鶴田氏はこれまで、国土交通省で交通政策を中心に歩んできた。その経験から、近年強く意識するようになったのが、交通そのものを政策の目的としないことだという。「交通を良くするというのは30何年、目指し続けてきた」とした上で、「最近は『交通を』だけではなく、『交通で』というのが大事だと思っている」と話す。
交通を使って地域社会や暮らし、産業などの何を良くするのか。社会課題の解決という大きな目的から逆算して交通政策を考える必要があるとの認識だ。
国土交通審議官は、一つの局にとどまらず省内を横断して政策を見る立場でもある。「複数の局が力を合わせた方がいいようなことはたくさんあるし、これからどんどんそういう分野が増えていく」と述べ、局を越えた連携を組織内で促したい考えを示した。
自動運転、技術開発から「商業化」の段階へ
その考えが表れやすい分野の一つが自動運転だ。米国や中国などで自動運転技術の実用化が進む中、日本でもバスやタクシーへの導入が進められている。鶴田氏は対象を旅客交通だけに限定せず、トラックも「同じぐらい大事」と指摘する。
技術面については「この2、3年、いろんな進展が見られている」とする一方、本格的な普及に向けた次の課題として挙げたのが「商業化」だ。「商業化がないと広まらない」。すべての車両がある日突然、自動運転へ切り替わるのではなく、自動化に適した場所や業務から徐々に置き換わり、自動運転と有人運転が併存する期間が長く続くとみる。
その過程では、逆に人が担う部分の価値が高まる可能性があるとも指摘する。介助が必要な利用者への対応や、利用者とのコミュニケーションなど、単純な「移動」以外のサービスは人が担う余地が残る。「同じサービスであっても、お客さんが『これは人間からじゃないとお金を払う価値がない』と思うものがあるかもしれない」と話し、自動化が進むからこそ、人が提供するサービスの価値を考える必要があるとの見方を示した。
「安全」だけでなく「安心」をどうつくるか
鶴田氏が自動運転の普及で重視するもう一つの視点が「安心」だ。事故をゼロにすることを目指すのは当然だが、車両が公道を走る以上、万一事故が起きたときに「誰が責任を持って被害者に向き合うのか」という仕組みも欠かせないという。
現在のバスやタクシー、トラックでは、交通事業者が利用者や事故の被害者に向き合う役割を担っている。自動運転になった場合、その役割を交通事業者が引き続き担うのか、自動車メーカーなのか、テクノロジー企業なのか。こうした責任の所在まで含めた制度設計が必要になる。
鶴田氏は「安全と同じぐらい大事なのが安心」とし、事故後の対応まで含めた信頼の仕組みを整えることが、自動運転を商業サービスとして広げる前提になるとの考えを示した。
国際物流を経済安全保障の視点から捉え直す
物流政策では、この2、3年で荷主と物流事業者が連携した効率化など、新たな取り組みが進んできた。一方、鶴田氏は今後、国際物流を改めて政策のテーマとして掘り下げる必要性を指摘する。
特に重視するのが経済安全保障との関係だ。日本はエネルギーや資源、食料など多くの物資を海外から輸入している。「日本にとって必要不可欠なものの物流が強靱である」という状態をつくること自体が社会課題であり、その解決と物流産業の持続的な成長を重ね合わせることができるとの考えだ。
日本企業によるコールドチェーンなど物流サービスの海外展開を引き続き後押しするほか、造船や港湾ロジスティクスについても、安全保障への関心の高まりが新たな成長につながる可能性がある。災害や国際情勢の変化に備えた代替輸送ルート、いわゆるBCPルートについても、官民で検討を積み重ねる必要があると話した。
国内物流で進めている荷主との協調については、単なる運賃交渉ではなく、1回あたりの輸送量を増やすなど、物流全体の効率を高めて双方にメリットを生み出す考え方だと説明。「国際物流でも、こうした発想をどこまで応用できるか考えたい」と話した。
国際海運の脱炭素「経済原理との両立が必要」
海事分野では、国際海運から排出されるGHG(温室効果ガス)の削減に向けた国際ルールづくりにも言及した。日本はこれまでも国際的な海事ルールの形成に積極的に関わってきたとして、GHG削減についても関係国の合意形成に向けた取り組みを続ける考えを示した。
一方で、脱炭素そのものを企業に求めるだけでは社会全体の転換は進まないとみる。「これはいいことだから、必要なことだからやらなければならない、という話だけではなかなか世の中は動かない」と話し、企業の経済活動や行動原理と脱炭素を両立させる仕組みが必要だと強調した。
環境対策を企業の負担として捉えるのではなく、投資や事業活動と結び付く制度にできるかが国際ルールづくりでも重要になるとの考えだ。
空港アクセスは「航空だけの課題ではない」
インバウンドのさらなる拡大を考える上で、鶴田氏が重要なテーマとして挙げたのが空港アクセスだ。「航空の課題でもあるし、鉄道の課題でもある。観光の課題でもあるかもしれない」とし、省内の複数分野が連携して取り組む必要性を強調する。
羽田空港では鉄道アクセスの強化、関西国際空港ではなにわ筋線などの整備が進む中、できるだけ早い供用開始に向けて取り組む必要がある。成田空港については、利用者の約6割が鉄道を利用していることを踏まえ、空港周辺の単線区間の複線化や高速化に向けた整備を具体化していくことが今後の課題になるとの認識を示した。

新千歳は輸送力強化が「急務」
新千歳空港については、利用者増加による駅や列車の混雑を踏まえ、輸送力強化の必要性を強く訴えた。札幌で育った鶴田氏自身も新千歳空港を利用する機会があり、「ホームから人があふれて、本当に安全性の問題にもなりかねない」と指摘。本数を含めた輸送力の拡大は「急務」とした。
具体策については空港側も含めた検討が必要になるものの、「早期に具体化していくべき話」と語った。 熊本空港への鉄道アクセスについても触れ、地元でルートや採算性、事業主体などの検討が具体化していることを評価した。
鶴田氏は、空港アクセスについて「地域的な問題でもあると同時に、本質的にものすごく国の問題でもある」と語る。航空利用者の多くは空港が最終目的地ではなく、そこから都市や観光地へ移動する。「ちゃんと街中までつないで、航空の使命も達成される」とし、航空と鉄道を一体で考える必要性を強調した。
「観光は平和産業」 インバウンドだけでなく双方向交流を
観光分野では、国際情勢の不確実性が高まる中で、インバウンドだけでなくアウトバウンドを含む双方向交流の重要性を語った。
鶴田氏は2011~12年ごろに観光庁観光産業課長を務めた。当時から、日本の旅行会社にとってアウトバウンドが重要な事業である一方、国としてインバウンドを拡大する政策が進められており、「インバウンドだけではない」と伝えることも自身の役割だったと振り返る。
現在も、日本人が海外へ出る意味は大きいと考える。「日本人がずっと内にこもっていたら、日本の将来はどうなるのか」と問いかけ、世界の中で生きていることを実際の交流を通じて感じてもらうことは、日本の将来にとって重要だとの認識を示した。
そして「観光というのは平和産業だと思う」と語る。観光客が互いの国を訪れ、人と人が交流することは、旅行消費や地域経済への効果だけでなく、国際的な相互理解という側面も持つ。国土交通行政の所管だけを目的とするのではなく、その先にある「平和」や「日本の未来」まで見据えることも必要だとの考えを示した。
国際政策を「特別な仕事」にしない
国土交通審議官として主に国際分野を担当する鶴田氏は、「国際業務の国内化」という考え方も重視する。国際業務というと、語学力や海外との交渉そのものが目的になりがちだが、本来は国内政策と同様、行政として何を実現したいのかが出発点であるべきだという。
過去には、海外インフラ展開を支援する官民ファンド「JOIN」の創設にも携わった。国際業務であっても、民間企業を資金面で支援することや制度をつくることは行政の政策手段の一つであり、「国際だから特別」と考える必要はないとの問題意識を持ってきた。
若手職員に対しても、国際業務を限られた人の「特技」のような仕事にせず、「役人になった初心」を忘れないでほしいと語る。海外との仕事を通じて得た広い視野を、その後の国内政策にも生かしてほしいとの期待を示した。
「失敗しても、そこから学べばいい」
座右の銘を聞かれると、「ありません」と答えながら、鶴田氏が紹介したのがフィンランドの「失敗の日」だった。失敗を隠すのではなく共有し、その経験から学ぶ文化をつくる考え方に共感したという。
「失敗を恐れずにチャレンジしてみろということでしょうし、もう少しマイルドな言い方をすれば、失敗してもそこから学べばいい」
民間企業が新規事業への大型投資に失敗すれば、大きな資金を失う。一方、行政の場合、制度改革に挑戦して実現できなかった結果は、多くの場合「現状が維持されること」だと説明する。
だからこそ、「失敗を恐れて前に出ていかない理由がない」と語り、現場から寄せられる課題を見て見ぬふりせず、制度を変える必要があるなら挑戦することが行政に求められると話した。
鶴田氏がインタビューを通じて繰り返したのは、交通や観光、物流など個々の政策を自己目的化しないという姿勢だ。自動運転であれば移動手段だけでなく利用者の安心まで、空港であれば航空だけでなく都市までの移動まで、観光であれば訪日客数だけでなく人と人との交流までを見る。
「交通を良くする」から「交通で社会を良くする」へ――。国際分野を担当する国土交通審議官として、局や制度の枠を越えて社会課題と国土交通政策をどう結び付けていくのか。その手腕が問われる。