リクルート・じゃらんリサーチセンター(JRC)は7月29日、東京都内で「観光振興セミナー2026 関東・甲信越Meeting」を開催した。自治体やDMO、観光協会、観光事業者などを対象に、国内旅行・インバウンドの最新動向や2040年を見据えた観光地域づくりについて講演とパネルディスカッションを実施した。4月にセンター長へ就任した高橋裕司氏は「愛着の連鎖が豊かな地域をつくる」をテーマに基調講演を行い、「観光の目的は地域住民の豊かさにある」と強調。さらに、国内旅行市場の変化やインバウンド市場の多様化、AI時代の観光マーケティングなどについても議論が交わされ、持続可能な地域観光の方向性が示された。
観光を取り巻く環境変化とデータ活用の重要性
セミナー冒頭では、リクルート旅行ディビジョン バイスプレジデントの大野雅矢氏が主催者を代表してあいさつした。物価高によるコスト上昇や国内旅行者数の減少、人材不足、インバウンド受入環境の整備、地域住民との共生など、観光業界を取り巻く課題が山積していると説明。その一方で、「観光は地域経済を支える重要な産業」であり、地域が持続的に成長するためには、経験や勘だけでなく、データを活用した観光戦略が不可欠との認識を示した。JRCが毎年実施する「じゃらん観光国内宿泊旅行調査」や「インバウンド都道府県ポジショニング調査」は、その基礎データとして自治体やDMOの施策立案にも活用されているという。
来賓として登壇した観光庁総務課長の河田淳弥氏は、観光が日本経済を支える基幹産業へ成長していると説明した。2026年上半期の訪日外国人旅行消費額は約4.8兆円となり、自動車輸出に匹敵する規模へ拡大。訪日市場も中国依存から台湾、韓国、米国、欧州などへ分散が進んでいるとし、「観光客は行政区域ではなく魅力ある地域を巡る。自治体同士の広域連携がますます重要になる」と述べた。
「愛着の連鎖」が地域を豊かにする
基調講演では、高橋センター長が「愛着の連鎖が豊かな地域をつくる―2040年を見据えたこれからの観光のあり方―」をテーマに講演した。高橋氏は、「私たちは何のために観光を行うのか」という問いを投げかけ、「宿泊者数や旅行消費額を増やすことが目的ではなく、その先にある地域住民の豊かな暮らしを実現することこそ観光の目的」と語った。
旅行者の消費が事業者の利益となり、それが雇用や賃金、税収を通じて地域へ還元される。この好循環が住民満足度を高め、さらに地域への愛着を育み、その魅力が旅行者にも伝わる――。高橋氏は、この循環を「愛着の連鎖」と表現し、「観光客、観光事業者、地域住民の三者がともに豊かになる地域づくり」が重要だと強調した。

2040年に向けた観光地域づくり
人口減少が進む2040年を見据え、高橋氏は国内旅行市場の縮小とインバウンド市場の拡大という二つの潮流を示した。「インバウンドは重要な成長市場だが、それだけでは地域は持続しない」と指摘し、地域文化や暮らしそのものの価値を磨き上げることが、国内外双方の旅行者から選ばれる地域につながると説明した。
また、オーバーツーリズムや交通渋滞、ごみ問題など、観光の負の側面にも触れ、「地域が稼ぐこと」と「住民が豊かに暮らすこと」のバランスが今後の観光政策で最も重要になると指摘。宿泊者数や消費額だけでなく、住民満足度や生活環境なども含めて観光を評価する必要性を訴えた。
国内旅行市場は「旅行しない理由」への対応が課題
セミナーでは、JRCが実施した「じゃらん観光国内宿泊旅行調査2026」の結果も紹介された。
国内宿泊旅行市場は回復基調にあるものの、旅行実施率はコロナ禍前の水準には戻っていない。旅行費用の上昇だけでなく、「忙しい」「きっかけがない」「何となく行かない」といった潜在的な旅行離れが進んでいることが特徴という。
JRCでは、旅行需要を拡大するには価格競争だけではなく、「行きたくなる理由」を地域が発信することが重要と分析。旅行者のライフスタイルや価値観に応じた情報発信や体験価値の創出が求められるとの考えを示した。
インバウンド市場は「量」から「質」へ
インバウンド都道府県ポジショニング調査では、中国市場の割合が低下する一方、台湾、韓国、米国、欧州など多様な市場が拡大していることが報告された。
地域ごとの認知度や訪問意向、旅行スタイルも変化しており、全国一律のプロモーションではなく、ターゲット市場ごとの戦略が重要になるという。JRCでは、各都道府県の特徴を可視化した分析データを活用し、それぞれの地域特性に応じた誘客戦略を提案していく考えを示した。
AI時代の観光マーケティングと地域戦略
後半のパネルディスカッションでは、AI時代の観光情報発信や旅行予約行動の変化、人材不足、オーバーツーリズムへの対応などについて議論が交わされた。
生成AIの普及により、旅行者の情報収集や旅行計画の立て方は大きく変化しつつある一方、地域が選ばれるためには、データだけではなく地域ならではのストーリーや体験価値を発信することが重要との認識で一致した。また、人口減少や労働力不足が進む中では、地域ごとに課題や強みは異なることから、一律の観光政策ではなく、それぞれの地域特性に応じた「地域適応型観光戦略」が求められるとの考えが示された。
持続可能な観光は「地域の幸福」が出発点
セミナーを通じて一貫して語られたのは、「観光の成功とは旅行者数や消費額だけでは測れない」という考え方だった。
高橋センター長は、「住んでよし・訪れてよし・働いてよし」の地域づくりを目指し、地域住民が誇りと愛着を持てる地域こそが、結果として旅行者からも選ばれる地域になると強調した。2040年を見据え、国内旅行市場の変化やインバウンドの多様化、AIの進展など観光を取り巻く環境は大きく変わろうとしている。その中で、データを活用しながら地域ごとの価値を磨き上げ、住民・事業者・旅行者がともに豊かになる持続可能な観光地域づくりが、今後ますます重要になりそうだ。
取材 ツーリズムメディアサービス代表 長木利通