楽天グループは8月5~7日、AI時代のビジネスと社会の未来を考えるイベント「Rakuten AI Optimism」をパシフィコ横浜で開催した。8月6日のビジネスカンファレンスでは、『「風の谷」という希望』の著者で、慶應義塾大学環境情報学部教授、LINEヤフーのシニアストラテジストを務める安宅和人氏と、楽天グループ専務執行役員でコマース&マーケティングカンパニー シニアヴァイスプレジデントの髙野芳行氏が登壇。「人口減少時代の地域と観光の未来~『風の谷』という希望から考える~」をテーマに、観光を地域内外の人や文化、知恵が集まり交わる「サンゴ礁」として捉え、持続可能な地域づくりに果たす役割について意見を交わした。
会場のエキシビションでは、楽天トラベルが旅行者との対話を通じてホテルや旅程を提案するAIコンシェルジュを展示したほか、楽天モバイルの法人向けブースで宿泊施設のDXを支援する商材を紹介。地域の持続可能性を考える議論と、観光産業におけるAI・デジタル技術の実装を一体的に発信した。

観光資源が残っても、地域そのものが存続できない
セッションの冒頭、髙野氏は、温泉地や山間部、離島、歴史的な町並みなど、日本を代表する観光資源の多くが人口減少の影響を受ける地域に存在していると指摘した。
観光産業は旅行者に地域を訪れてもらうことで成り立つが、その前提となる地域社会自体が存続できなくなる可能性がある。髙野氏は、こうした問題意識から安宅氏とのセッションを企画したと説明し、「地方や観光地を持続可能なものにする方法を、参加者とともに考えたい」と語った。
安宅氏は人口減少について、単純に社会の失敗や衰退として捉えるのではなく、長寿化や教育期間の長期化、子どもを労働力として必要としなくなったことなど、社会が豊かになった結果として生じる調整局面だとの見方を示した。
人口が現在より少なかった江戸時代にも、各地で祭りや地域社会が維持されていたことに触れ、人口の総数だけを問題にするのではなく、なぜ現代の仕組みでは地域が回らなくなっているのかを考える必要があると指摘した。
「地方対都市」ではなく「密と疎」の問題
安宅氏は、人口が少ない地域を一括して「過疎」と呼び、都市との対立構造で捉える考え方にも疑問を投げかけた。問題の本質は「地方対都市」ではなく、人口や機能が集中する「密な空間」と、自然や歴史が残る「疎空間」をどのように維持するかにあるという。東京にも奥多摩や伊豆諸島、小笠原諸島があるように、疎空間の問題は地方だけの課題ではない。
自然環境の持続可能性を確保できても、郵便、交通、医療などの機能が失われ、人が暮らし続けられなければ、生活空間として存続することはできない。安宅氏は、このまま都市集中が進めば、長い歴史を通じて人が暮らしてきた地域の多くが維持できなくなる可能性があるとの認識を示した。
地域の維持費が高くなる背景には、人口密度の低い場所にも都市と同じ仕様の道路や上下水道などを整備してきたことがあると指摘。少数の住民のために長距離の水道管を敷設すれば、1世帯当たりの負担は都市部と比べて大幅に高くなる。安宅氏は、生活の質を落とさず、それぞれの地域の人口や環境に合ったインフラへ転換する必要性を述べた。

景観だけでなく、暮らせる環境と出会いが必要
人口減少の中でも生き残る地域には、経済が回ること、災害などから回復できる力を備えること、都市とは異なる求心力を持つこと、多様な人が混ざり合いながら変化を生み続けることが必要だと、安宅氏は説明した。
続けて安宅氏は、地域が人を引き付けるためには、圧倒的な自然景観があるだけでは不十分だと指摘。仕事のできる通信環境や机、一定期間滞在できる宿泊施設に加え、医療や教育など、安心して暮らせる基盤の必要性を訴えた。
さらに、その土地の歴史や文化、自然に触れ、地域への理解を深められる出会いをつくることも重要だと強調した。景観、生活基盤、土地ならではの出会いが組み合わさることで、一度訪れて終わる場所ではなく、繰り返し訪れたり、長く滞在したりしたい地域になるとの考えを示した。
観光施設単体ではなく、地域全体の体験をつくる
髙野氏は、地域の長期的な未来を考える一方で、宿泊事業者は日々の売り上げや施設運営にも向き合わなければならないと指摘し、将来の地域づくりと現在のビジネスをどのように結び付ければよいかを尋ねた。
これに対し安宅氏は、世界中から人が訪れたくなる空間や、その地域でしか得られない体験をつくることが、長期的な地域づくりと事業の双方につながると回答した。
宿泊施設だけで完結するのではなく、地域の歴史や自然、食、人との交流までを一つの体験として構成することが重要だと説明。単に温泉に入り、食事をして帰るだけでは、ほかの地域との差が生まれにくく、地域をさらに知りたい、もう一度訪れたいと思わせる体験をつくることが、再訪や口コミにつながるとの考えを示した。
さらに、観光や宿泊施設について、地域の内外から多様な人が集まり、交流する「サンゴ礁」のような役割を果たせると語った。同氏は、宿泊事業者が旅行者を受け入れるだけでなく、地域の人や文化、知恵を外部とつなぐ媒介者にもなり得ると説明。人が入り込める余白と、地域内外の人が混ざり合う場をつくることで、観光は地域を再活性化するエンジンになるとして、こうした取り組みを「サンゴ礁ビジネス」と表現した。
地域づくりの出発点は「土地を読む」こと
安宅氏は、観光・宿泊事業者がすぐに始められる取り組みとして、「土地読み」を挙げた。普段何気なく通っている道や水路、神社、集落の配置にも、その土地の地形や水、災害、暮らしに根差した理由がある。地域の歴史や自然環境を読み解き、住民自身も見失いかけている土地の記憶を掘り起こすことで、旅行者に伝えられる物語や体験は増えていく。
地域の若者や子ども、旅行者とともに土地を調べること自体をツアーや学習機会にすることもできる。髙野氏はセッションを締めくくり、まず自分たちの土地を理解することから始める必要性を強調した。
AIと通信で旅行者と宿泊施設を支援
楽天トラベルの展示ブースでは、利用者との対話を通じて希望を把握し、おすすめのホテルと旅行スケジュールを提案する「楽天トラベルAIコンシェルジュ」のデモを実施した。旅行先を検索して個別に宿泊施設や観光地を組み合わせるのではなく、AIとの会話から旅の全体像を組み立てられる体験を紹介した。

楽天モバイルの法人向け展示では、通信環境の整備をはじめ、宿泊施設の業務効率化やDXを支える商材を紹介した。公式展示では、AIとモバイルを組み合わせた新たな利便性やサービスのデモンストレーションも行われた。
セッションで語られた、通信環境や仕事のできる設備を含めた「滞在できる地域」の整備と、AIやモバイルを活用した展示は、地域の将来像と観光現場の課題をつなぐものとなった。観光を人を呼び込む手段にとどめず、地域の歴史や暮らしを次世代へつなぐ仕組みにできるかが、人口減少時代の観光産業に問われている。
取材 ツーリズムメディアサービス代表 長木利通