愛知県名古屋市で、内装工事や一枚板家具の製作を手掛ける「ichi crafters(イチクラフターズ)」を営む原弘樹氏は、職人として培った技術を、地域に残る建物や文化資源の維持・再生に生かす新たな事業を模索している。山中の祠や鳥居を修繕する「山結舎」の構想をはじめ、地域創生の学びや異業種との連携を通じ、職人の専門性を地域資源の活用や観光につなげようとしている原氏。今回は、地域にあるものをどう守り、どのように観光や新たな仕事へ結び付けていくのか、異業種連携の可能性とともに話を聞いた。(8月30日、聞き手 ツーリズムメディアサービス特任記者 小谷沙智)
内装と家具で培った職人技術
原氏は愛知県で「ichi crafters」の屋号を掲げ、住宅や店舗の内装工事と一枚板を使った家具製作を手掛けている。クロス職人として仕事を始め、内装工事を続ける中で一枚板を扱うようになった。現在は家具単体を製作するだけでなく、素材が置かれる空間まで含めて考えられることを自身の強みとしている。
原氏は自身を「素材から空間まで、自分でつないで形にする職人」と表現する。今後は、こうして培った技術を内装や家具だけでなく、地域にも生かしたい考えだ。
特に関心を寄せるのが、地域に残る空き家や建物などの既存資源だ。新しいものを造るだけではなく、今あるものの価値を見いだし、残したり、新たな用途につなげたりする仕事への展開を考えている。
山登りから生まれた「山結舎」
地域に職人技術を生かす具体的な構想の一つが「山結舎」だ。きっかけは、原氏が山で壊れた鳥居や祠を目にしたことだった。一緒に山へ登っていた大工と、山中で工事ができたら面白いと話したことから構想が始まった。
その大工は以前、山の祠を修繕していた職人が引退する際に仕事の引き継ぎを頼まれたものの、山という特殊な作業環境から断った経験があったという。その話を聞いた原氏は、山中の祠や鳥居を修繕する担い手が少なくなっているのではないかと考えた。
自身が続けている登山と職人としての技術を組み合わせることで、地域に残るものを守る仕事につなげられると考えた。「何より自分たちが楽しそう」という思いも構想を後押ししたという。
山結舎を通じ、山に残る祠や鳥居を修繕し、次の世代につないでいくことを構想している。
地域に残るものをどう生かすか
祠や鳥居、古い住宅や建物など、地域に長く残されてきたものには、その土地の歴史や暮らしが表れている。観光では、こうした地域固有の歴史や文化、景観も地域の魅力を構成する要素となる。一方、その価値を将来に残していくためには、魅力を見つけて発信するだけでなく、実際に修繕し、維持する技術も必要になる。
原氏が持つのは、内装や家具という分野で培ってきた「実際に手を動かして形にする」専門性だ。山結舎の構想は、職人の技術を従来の内装や家具の仕事だけに使うのではなく、地域にすでにあるものへ向けようとする試みでもある。
地域資源の価値を見つける人、活用方法を企画する人、情報を発信する人、そして修繕や再生を担う人。それぞれ異なる専門性を組み合わせることで、一つの業種だけでは生み出せない地域の価値につながる可能性がある。
地域創生の学びで異業種との接点
原氏が地域へ目を向けるようになった背景には、地域資源を生かした観光・地域づくりに取り組む東京山側DMC(東京都あきる野市、宮入正陽社長)が展開する「地域創生プロデューサー講座」への参加がある。同講座では、地域資源を生かした事業づくりや観光、まちづくりなどを学び、全国から参加する実践者同士の連携を進めている。
原氏は活動を通じて地域創生について学ぶ一方、それまでに培ってきた生成AIや情報発信に関する知識を参加者へ共有した。全国各地から参加するメンバーの行動力にも刺激を受けたという。自ら動き、新たな取り組みを生み出す姿に触れ、「自分もこういう人間でありたいと思うようになった」と振り返る。
原氏にとって、設計、建築、木材、林業、観光、地域など、自身とは異なる強みを持つ人との接点が生まれたことも大きかった。自身の仕事と地域との具体的な接点は現在も模索しているが、地域に残る住宅や建物を、内装や家具の技術によって新たな価値や用途へつなげることは、自身が提供できる強みの一つだと捉えている。
知識共有が3PEAKSへの帯同につながる
地域創生プロデューサーとしての活動を通じ、原氏は新たな領域にも踏み出している。その一つが「3PEAKS PROJECT(スリーピークスプロジェクト)」への帯同だ。同プロジェクトは、トリノオリンピックのスノーボード日本代表だった成田童夢氏がチャレンジメンターを務め、山を舞台に子どもたちの目標設定や自己管理、挑戦する力を育む年間プログラムだ。
内装や家具を手掛けてきた原氏にとって、地域や教育など、これまでとは異なる分野との接点を広げる機会となっている。帯同のきっかけとなったのが、原氏による知識の共有だった。
原氏は生成AIや情報発信、デザインに関する知識を地域創生プロデューサーの仲間に積極的に共有してきた。その行動が人とのつながりを生み、3PEAKS PROJECTへの帯同につながった。知識を共有した際、周囲から寄せられた反応も原氏自身の意識を変えたという。
「自分が持っているものでも人の役に立つんだ」と感じ、自分では特別だと思っていなかった知識や経験も、誰かにとって価値になることを実感した。自身の専門性を周囲へ開くことで新たな人とのつながりが生まれ、そのつながりが別分野での活動へ広がった。原氏にとってこの経験は、職人技術だけでなく、自身が持つ知見も新たな仕事を生む資源になり得ることを実感する機会となった。
職人型の働き方から事業の複線化へ
こうした活動の背景には、原氏自身が感じてきた職人型の働き方への課題もある。
内装工事は、自ら現場に入り作業することで売り上げが生まれる仕事が中心となる。仕事量を増やせば自身の稼働時間も必要となり、事業の成長と自分の時間を切り離しにくい。この課題に対し、一枚板や家具など商品として販売できる仕事を増やすとともに、生成AIやウェブを活用し、自身だけに依存しない仕組みづくりを進めている。
すべてを一人で担うのではなく、自分にはない技術や知識を持つ人との連携も重視する。今後1〜3年で内装工事だけに依存しない事業構造をつくり、一枚板や家具、地域に関わる仕事など複数の柱を育てる考えだ。
目指すのは、単に売り上げを拡大することではない。「仕事と時間を自分でコントロールできる状態」を中長期的な目標に据え、将来は自身の工場を持つことも視野に入れる。
異業種の専門性を地域の価値へ
原氏が目指すのは、「家具屋」「内装屋」という一つの業種に収まることではない。
何かを始めようとするときに、「相談すれば面白い形にしてくれる」と思ってもらえる存在を目標に掲げる。仕事を受けるだけの関係ではなく、互いの得意分野を持ち寄り、新しい仕事そのものを一緒につくる関係を増やしたい考えだ。「山結舎」の構想も、その延長線上にある。登山、職人技術、地域に残る祠や鳥居という異なる要素を結び付けることで、新たな仕事へつなげようとしている。
観光の視点から地域資源の価値を見つける人、地域の将来を企画する人、情報を発信する人、そして実際に手を動かして資源を守り、再生する人。それぞれの専門性を掛け合わせることは、地域にすでにあるものの価値を捉え直す一つの方法となる。
観光業界にとっても、連携相手を観光関連事業者だけに限定せず、地域にいる職人や林業、建築など異業種が持つ専門性に目を向けることで、地域資源の維持や活用に新たな選択肢が生まれる可能性がある。
地域にあるものを誰が守り、その価値をどう生かしていくのか。原氏の取り組みは、異業種との連携から地域の価値を再発見する意味を考える一つのきっかけとなりそうだ。
8月30日にメッセージのやり取りで。
聞き手 小谷沙智(ツーリズムメディアサービス特任記者、霧ヶ峰・美ヶ原DMC準備室、日本DMCアライアンス所属)